『夜明けの詩 月夜の涙』
 

序章『すべての終わり』

雨が降る。灰色の空から降り注ぐ雨が、立ち並ぶ天幕を打ち付ける。その谷間を縫うように、甲冑姿の人の群が右往左往する。
突然の隣国サヴォの侵攻から一年。いよいよ王都ラベナ奪還の戦いを目前にして、士気はいやがおうにも高まっている。
その甲冑の群から僅かにはずれ、一人の騎士が陣の中央へ向かって足を進めている。無骨な兵士たちも、青年を認めると、等しく礼をする。
彼らに一目置かれたその騎士の名はホセ=アラゴン。フエナシエラ神聖王国の今は亡き大将軍の息子であり、パロマ侯の筆頭騎士でもある。まさに名実共に申し分のない人物である。
兵士たちに会釈を返しながら、ホセは本陣のひときわ大きな天幕にたどり着いた。足を止め、一息つき、姿勢を正す。
「…お邪魔してもよろしいでしょうか?」
「かまわない」
短いが、はっきりとした返答を確認してから、ホセは中に入った。そこには、彼と対して変わらぬ年齢の、やはり甲冑に身を固めた青年が、空を見つめたたずんでいた。
「…さすがの貴方でも、決戦を前にすると緊張するんですね」
ホセに声をかけられ、青年は僅かに顔を上げると、苦笑を浮かべた。
「戦うことは怖くない。負ければすべてが終わるだけだ。ただ…」
「ただ?」
「俺が王都に入っても、皆は俺を認めてくれるだろうか。皆が待っているのは、カルロスだ。けれど…」
一度、青年は言葉を切り、目を閉じた。
「あいつは、もういない…」
重苦しい空気が、しばし流れる。だが、ホセはいつもと変わらぬ穏やかな口調でそれを遮った。
「皆を守りたいと願う気持ちは、殿下も貴方も変わらないでしょう?だから殿下は貴方にすべてを託した。違いますか?バル」
バル、と呼ばれた青年は、持っていた剣の柄をさらに強く握りしめた。
天幕を打つ雨の音が、やや強くなる。
「今夜でけりを付ける。…力を貸してくれるか?」
「今更バルらしくもない。貴方の流儀でやってください」
その言葉を待っていたかのように、バルは勢いよく立ち上がった。
「…日没と同時に出る。雨がやむまでにできる限り近づいておきたい。後は…」
「日の出と共に、後背を打つ」
図らずも意見が一致し、二人は笑い合った。
程なくして、陣中に全軍出立の号令が響き渡った。

…後世、解放王もしくは武帝の異名で呼ばれるようになるバルトロメオ一世がサヴォから王都ラベナを回復し、正式に即位したのは、この直後のことである…。

序章『すべての終わり』完
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