『夜明けの詩 月夜の涙』
 

第一章『出会い』

それは突然の出来事だった。神聖帝国の二つ名を持つフエナシエラ王国の北の果て、アプル山脈にほど近いアルタ村に、数名の兵士が姿を現した。所属を示す紋章はフエナシエラの『海の色』を地にした、見慣れた鮮やかな物ではなかった。
「者共、イノサン5世のおふれである!!」
聖堂前の広場で、隊長とおぼしき一人が声を張り上げた。脇ではその部下たちによって高札がたてられようとしている。何事かと集まった村人たちは、固唾を飲んで次の言葉を待つ。
「神聖皇帝と賞するカルロスは、偉大なるサヴォ王イノサン5世によって討ち取られ、諸君らはサヴォの民となった。だが、カルロス嫡子パロマ侯は我らに恭順せず、未だに逃亡中である!叛逆者パロマ侯とそれに組みする者を見つけた者は速やかに…」

村の中央でサヴォの兵が大音声を張り上げている頃、村にほど近い森の中を急ぐ旅装の騎士の姿があった。
「殿下…少し休んだ方がよろしいのでは?」
先を行く黒髪の騎士が、後に続く主とおぼしきもう一人の騎士に声をかける。かけられた側は荒い息の下から僅かに顔を上げるが、返事はない。
「やはり少し休みましょう。先ほどの怪我の様子を…」
「そんな時間はない!」
若い騎士は声を荒げる。だが、その顔は青白く色を失い、ややもすれば立っているのがやっとという様相であった。
「こうしている間にも追っ手が迫っている…一刻も早く…」
苦痛のため言葉が途切れ、整った顔をしかめて若い騎士は跪く。慌てて黒髪の騎士が近寄ろうとした、ちょうどその時だった。
「…動くな」
凛とした声が澄んだ空気の中に響く。黒髪の騎士は腰の剣に手をかけ、もう一方も体制を立て直し声のした方向を睨み付ける。
「何者だ?姿を見せろ!」
その声に応じるように、下草をかき分ける音がする。見るとそこには二人の騎士と対して歳の差はないとおぼしき青年が、弓を構え立っている。
「…誰に向かって弓を引いていると…!」
「死にたくなかったら黙ってろ!」
思いもかけない青年の圧迫感に、黒髪の騎士は図らずも口をつぐむ。そのまましばらく、三人は凍り付いたように身動き一つ、しない。
どれくらい時が流れただろうか、或いはほんの一瞬か。二人の来訪者の背後で低いうなり声が聞こえた。黒髪の騎士が注意深く振り返ると、大きな熊が、山へと帰って行くところだった。黒い固まりが完全に視界から消えたところで、青年は弓をおろし、二人に近づいてきた。
「奴はこの森のヌシだ。毎年何人かやられてる。どうやら血の臭いにつられてきたみたいだな」
そして、気がつかなかったのか、と言いたげな表情で騎士らを見やってから徐に『殿下』の側にしゃがみ込み、さらにまじまじと見つめた。
「それにしても…よくこんな状態でここまで来たな…」
「時間が…無いんだ」
「遅れはいずれ取り戻せるけど、命は戻らないんだぜ。あんたについてくる奴のことも考えろよ」
そういうと、青年は前触れもなく『殿下』を強引に背負った。制止しようとする黒髪の騎士に、青年は笑って言った。
「あんたがこの人を背負ったら、誰がこの人のために剣を振るうんだよ?」

「ところで、何であんな所に?」
背に揺られながら問う騎士に、やや間をおいてから青年は答えた。
「その質問、そっくりこっちがしたいくらいだ。…冗談は置いといて、月に何回か、下の村に買い出しに出るんだ。けれど…今回はそれどころでなかった」
その言葉に、背の上の騎士が僅かに身を固くするのを、青年は感じ取った。
「まあ、俺のやっかいになってる村は僻地だから、秋に税金を納める方向が変わるだけだろうけど…偉い奴らには本気で取り入ろうというのもいるかもしれないな」
「そこまで知っているから、私が誰なのか聞かないのか?」
突然の騎士の言葉に、青年は思わず笑った。そして改めて言った。
「悪い。自己紹介がまだだった。貴族様は相手が下々だとこっちが名乗らないと名前も教えてくれないんだっけな」
後から来る黒髪の騎士が何か言おうとしたが、青年は全く気にする様子はない。
「俺は、バルだ。物心つく前から、ここにいる」
「バル?」
「本当はもっと長いらしいけど、面倒くさいからそれでいい」
裏表のない青年の言葉に、『殿下』の顔に久しぶりの笑みが浮かぶ。
「私はカルロス。この騒ぎで処刑されたカルロス4世の嫡子で、パロマ侯ということになっている。私のこともカルロスでかまわない。彼は、私の友人の、ホセ=アラゴンだ」
「殿下…!」
短くバルが口笛を吹いた。
「じゃ、カルロスにホセ、俺の小屋は宮殿とは比べ物ににならいけれど、しばらく我慢してくれないか?」
急に視界が開けた。眼下に広がる集落の中央広場には、サヴォの国旗が翻っていた…。

 

第一章『出会い』完
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