『夜明けの詩 月夜の涙』
 

第八章 再会

周囲を埋め尽くす木々はその高さが次第に身長より低くなる。そしてついに草ばかりが生い茂る山頂の尾根道に辿り着いた。冷たい風が、上気した頬を冷やす。
「…どうした?気分でも悪いのか?」
急に足を止めたカルロスを心配し、先を行くバルが足を止め省みる。カルロスの視線は、ある一点を見つめていた。
「いや…ずいぶん遠くへ来たんだ、と思って…」
言いながらもカルロスは動こうとはしない。相変わらず視点は一点に固定されたままだ。バルもそちらを見てみるが、目を凝らしてみても、遙か彼方に町並みらしき物が見えるだけである。
「あちらは、パロマの方角ですね」
最後尾から来ていたホセが振り向きながら静かに言う。二三度瞬くバルに、カルロスは頷いて見せた。
「いつも窓から眺めているだけの山頂にいるわけだから…何だか少し、おかしな気がする」
そんな物かな、と呟きながらバルは肩の荷を背負い直した。担がれた剣が、がちゃりと高い音を立てる。
「背負っていないで、腰に付けたらどうです?邪魔でしょう」
歩み寄るホセに、バルはひらひらと手を振って見せた。その顔には僅かに苦笑いが浮かんでいる。
「まさか。俺は騎士でも何でもないし。置きっぱなしにするわけにもいかないから持ってきただけだし」
言いながらバルは剣を降ろす。鞘や柄の装飾は禿げ、一見みすぼらしい剣だが、そこに納まっている刀身はかなりの物だろう。思わず姿勢を正すホセに、バルは突然吹き出した。
「そんなに改まるなよ…騎士様は剣なんて見慣れてるんだろう?」
茶化すバルに、言葉に詰まるホセ。そんな二人の様子に、カルロスは珍しく声を立てて笑った。普段見せることのない一面に、両者は思わず顔を見合わせる。
「ごめん…でも、その剣は確かにすごい物だと思うよ。何だか、すごい威圧感を感じる」
おそらくお父上はすごい騎士だったんだね、そう言うカルロスの言葉に、バルは今一度剣をしげしげと眺めやる。だが、やがて興味を失ったかのように担ぎ直すと、言った。
「ここじゃ身を隠す物も何もないし…あそこの森に入ったら一息つくか?…それと、」
そして徐にホセに向き直り、更に一言。
「頼むから俺にまで敬語使うの、止めてくれないか?…何だかくすぐったくなってくる」
言われた側は、訳が分からず瞬きをする。再びカルロスは笑っていた。

遠目に見れば、それはただの森だ。だが、間近にしてみると、彼らの知っている森ではない。
彼らが親しんだ広葉樹は姿を潜め、周囲を埋め尽くすのは針葉樹の群。
遠くに来てしまった。カルロスではないが、その思いは一層強くなる。木漏れ日の中、腰を下ろすやいなや、バルはやはり親の形見だという古びた地図を広げた。
「今いるのが、だいたいここら辺り。…だいぶサヴォからは離れたから、そろそろ山を下りて街道にでても大丈夫とは思う。でも…」
一端言葉を切ってから、バルは二人の顔を見やる。それから言いにくそうに言葉を継いだ。
「どの程度、サヴォが勢力を拡大しているか、と」
「プロイスヴェメがどちらに付いたか、ですね」
ホセの言葉にカルロスは頷く。いかに同盟国とはいえ、利害関係が働かないはずはない。ラベナ陥落で大国プロイスヴェメがどう動いたか。これまですれ違う人もおらず、その動向に関する情報は皆無に等しかった。
無言のまま地図を見つめるバルに、カルロスは穏やかに切り出した。
「…氷の女帝がサヴォと手を結んだとなれば、どの道を通っても一緒だよ。どうせなら早いほうが良い。…これ以上、バルに迷惑をかけるわけにも行かないし…」
「悪いけど、俺はもう少し付き合わせてもらう」
話の先を読まれて、カルロスは目を丸くする。対するバルは不適な笑みでそれに応えた。
「今更戻っても、下手すれば途中で捕まる。生憎、俺は申し開きが出来るほど器用じゃない」
言いながらも、バルの手が傍らに置いてある弓に伸びた。平時は穏和なホセの表情が鋭さを帯びる。尋常でない気配を感じたカルロスは、正面を見据える。重苦しい空気が辺りを支配する。ホセの右手が、剣の柄にかかる。しかし…。
「殿下?!よくぞご無事で!!」
「オルランドか?どうしてここに?」
茂みの中から姿を現した騎士に向かい、カルロスは笑みを浮かべ歩み寄る。苦笑を浮かべるホセの脇で、緊張が解けたのかバルは座り込んでいた。そして、ひとしきり主との再会を喜び合ったオルランドは、二人に向き直った・
「黒豹、お前も無事か。まあ、殿下と一緒に見失ったから、大丈夫とは思っていたが…」
「思っていたが、とは…どうかしたんですか?」
言葉の背後に『何か』を感じ、ホセは怪訝な表情で尋ねる。その様子にオルランドは漸く安堵したようだった。
「いや…例の侵攻だが…、内側から手を引いた奴がいた」
「その様子だと、誰だか解っているのか?」
厳しい表情のカルロスに、オルランドは一つ頷く。そして、至極言いにくそうに重い口を開いた。
「先頃、イノセン五世は、ある人物のフェナシエラ王即位を支持しました。…事実上の傀儡と言ってもいいと思いますが…」
「だからそれは、誰なんだ?」
「…大将軍の…困ったことに、黒豹、あんたの兄上、フェルナンド=デ・アラゴン殿さ」
「…な…!」
カルロスとホセは、言葉を失い立ちつくす。
訳の分からぬバルは、そんな騎士達を見つめていた。

第八章 再会 完
次へ
戻る
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送