『夜明けの詩 月夜の涙』
 

第九章 オルランド

オルランドと呼ばれた草群から現れた騎士は、フェナシエラの民としては珍しい金髪と、透き通るような水色の瞳をしていた。その瞳を巡らせながら、カルロスを初めとする一行をぐるりと眺めやる。それは憮然として立ちつくすバルのそれとぶつかった。
「そちらはバル。アルタの村から世話になりっぱなしなんだ」
「アプル山麓の、ですか…それでご到着が遅れたんですね」
言いながらもオルランドはバルをまじまじと見つめる。そのいかにも物珍しいような物を見るような視線を嫌って、バルはぷいと横を向いた。
二、三度、オルランドは瞬きをしていたが、何かに気が付いたようにあっと息を呑み、慌ててカルロスを省みる。対するカルロスは、いつもの微笑を浮かべているだけだった。
ぽん、と手を叩き、なにやら納得すると、オルランドはつかつかとバルに歩み寄り、先刻とはうって変わって屈託のない笑みを浮かべその手を取る。今度は唖然とするバルをよそに、オルランドはその手をぶんぶんと上下に振った。
「いや失礼。そう言うことなら申し訳なかった。以後、よろしく頼む」
何が起きているのか解らずに、言葉を失うバル。するとオルランドは一歩後ろへ下がり、今度は恭しく跪き頭を垂れた。
「申し遅れました。私、パロマ侯配下の騎士、オルランド=デ・イリージャと申す者。主に変わり、この度のこと、心より御礼申し上げます」
全く予想の付かないオルランドの行動に、バルは茫然としてその場に立ちつくす。そんな二人を微笑を浮かべて見やっていたカルロスが、漸く助け船を出した。
「まあ、オルランド…そのくらいにして…。ごめんバル。オルランドはいつもこうなんだ」
でも悪気があるわけじゃないから。そう言うカルロスに一つ頷いてみせると、バルは再びそっぽを向いた。
「所で、今更だが、どうしてこんな所に?」
頭を上げたオルランドは、もう一度バルに悪戯っぽい笑みを向けてから、改めてカルロスに向き直った。
「失礼いたしました。我々は本国脱出後、殿下のお言葉に従い、プロイスハイムに逗留しておりましたが、日々交代で殿下をお迎えするため、この辺りに詰めておりました」
「皆は…皆は無事なのか?」
「全員…と言うわけには参りません。プロイスハイムに集結できたのは配下のおよそ三分の二といった所でしょうか…。加えて殆どが、大なり小なり、傷を負っております」
「そうか…」
さすがにオルランドの顔からは笑みは消えている。だが、現実を目の当たりにして言葉を失うカルロスを元気づけるかのように、努めて明るく切り返した。
「しかし、生き残った奴らはそれなりに悪運の強い奴らと言うことになりましょう」
王都奪還の戦、貰ったも同然です、そう言うオルランドにつられて、漸くカルロスに穏やかさが戻る。しかし、少し離れたところでは、相変わらず重い表情で立ちつくしている人物がいる。オルランドはそれを見逃さなかった。
「お前の姿が見えなかったから、良からぬことや縁起でもないことを言い出す奴らがいたが…これで一安心だ」
けれど、話を振られた側は、それに乗ってこない。僅かの沈黙の後、ホセは躊躇いながらも漸く口を開いた。
「先ほども言っていましたが…何が…いえ、何を…」
考えを上手く言葉に出来ず、切り出しては見た物のホセは言葉に詰まる。だが、一端大きく息を付いてから、彼は意を決したように口を開いた。
「…フェルナンド様…兄上が、一体何を…」
「俺も見た訳じゃないから、詳しくは知らないんだが…。けれど、老ピピンが言うには」
歴戦の勇者である重臣の名に、ホセの表情は硬さを増す。オルランドは一度カルロスを見やり、主が点頭するのを確認してから言葉を継いだ。
「黒豹、お前も知っての通り、老ピピンは大将軍閣下と共に遠征に出られていた。それが、あのサヴォの侵攻の前夜…、フェルナンド殿が突然…」
オルランドは再び言葉を切り、ホセを正面から見据えた。
「大将軍閣下を、手に掛けた…」
「…閣下を…?そんな…」
「俺も、最初聞いたときは、さすがの老ピピンも耄碌したかと思った。だが、現に大将軍閣下の一件で遠征軍が浮き足立つのを見計らうようにサヴォ軍はこちらを攻撃し、それに呼応するようにラベナもナポから海軍により急襲されている」
まずいことに、状況証拠がそろいすぎている。加えてこの度の即位承認だ。疑いようもない。ホセの目が僅かに細められる。
「こういっては何だが…何か遠征前、それらしいことは無かったか?」
「解っていれば…いえ、ご自身の考えを私に悟らせるような方では、ありませんので…ただ…」
「ただ?」
「遠征に出られる前、一度お会いしたのですが…一言、殿下をお守りせよと…。それだけ言って…」
ホセの言葉にオルランドは難しい表情を浮かべ、腕を組む。それを遮ったのは、意外にもバルだった。
「…考えるのは、どうやら後にしといたほうが良さそうだぞ…」
その手には、使い慣れた弓が、構えられていた。そして…。
周囲の空気の異変に、騎士達は気が付いた。

第九章 オルランド 完
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