『夜明けの詩 月夜の涙』
 

第十章 遭遇 

二人の騎士が剣を抜くよりも一瞬早く、バルは木立に向けてつがえていた矢を放った。遙か彼方で騎手を振り落としながら馬が走り去っていく。二本目の矢を手にする間に、周囲からは鬨の声が上がった。
「やるじゃないか。援護は頼んだぜ」
弓を構えるバルに笑みを向けてから、嬉々としてオルランドは敵の輪の中に切り込んでいく。遅れること数秒、ホセもそれに続く。
だが。白刃を手にしたホセの表情を初めてみたバルは、思わず弓を取り落としそうになった。
その顔には、カルロスに勝るとも劣らない、あのいつもの穏やかな微笑はない。東方民族特有の光彩を放つその瞳は、獲物を狙う獣さながらの鋭い光を湛えて相手を見据えている。そして、ついにその右手が閃いた。細い光の帯が空間を切り裂くと同時に確実に立ちふさがる物は姿を消し、自身はその身を深紅に染める。口元にはわずかに冷笑さえ浮かんでいるようだった。
「危ない!」
カルロスの声にバルは咄嗟に我に返る。見ると背後から迫っていた『賊』を、カルロスが切り伏せる所だった。間近で飛び散る血飛沫に、バルは思わず顔を背ける。
「…戦場でのホセは、ホセじゃない」
背中合わせに立ちながら、小声でカルロスが囁く。その言葉に改めてバルはホセを見やった。先ほどと全く表情を変えることなくホセは剣を振るっている。その姿はさしずめ鬼神のようだ。けれど、それはまるで…。
「自分から、危ないところに突っ込んで行ってるみたいだ…」
「だからフェルナンドはいつも心配していた。死に急ぐな、と…」
驚いたようにバルは振り返る。
フェルナンド=デ・アラゴン。それはサヴォと手を結びこの度の侵攻の発端を作った人物。けれど、今のカルロスの言葉からは、そんなことをするような裏切り者の印象は微塵にも感じられない。それが何故…。
堂々巡りを始めようとしていたバルの思考はだが、現実の前に中断された。耳元で再び、鈍いいやな音がする。カルロスが二人目を切り倒したのだ。けれど、一向に状況は好転しない。さすがに至近距離から矢を放つこともできず、バルは背負っていた剣に手をかけ、鞘に入ったまま相手を殴り倒す。そしてふと、周囲に視線を巡らし、彼はあることに気が付いた。
「…どうしたんだい?」
「…いない…」
そう。ついさっきまで喜々として剣を振るっていたオルランドの姿が、いつの間にか見えなくなっている。圧倒的多数の敵の中に紛れてしまったのではなく、消え失せてしまっているのだ。
そうこうする間にも、確実にバルはカルロスから引き離されていく。こうなっては援護するどころではない。自分の身を守るだけで精一杯だ。
「まさか、あいつ…」
良からぬことを考え、バルは低く呟く。けれど…。
「おららおら!邪魔だぁ、どけえ!!」
突然一台の馬車が何の前触れもなく乱入してきたのだ。御者台で手綱を握っているのは他でもなく、先ほどまで姿の見えなかったオルランドその人である。
「殿下、お早く!」
乱戦を蹴散らし、オルランドは乱暴に馬車を止めた。カルロスは走りより、それに駆け込む。そして身を乗り出しながら叫んだ」
「ホセ!バル!早く!!」
「俺にかまうな!早く行け!!」
思わず叫び返すバル。カルロスが何かを言い返す前に、バルはさらに続ける。
「あんたには待ってる人がいっぱいいるんだ!いいから早く!!」
ふと御者台のオルランドと目が合い、バルは苦笑を浮かべる。オルランドはやや沈んだ表情で一つ頷くと、手綱をふるった。
走り去る馬車。どうか無事で。柄にもなく祈るように見送りながらバルは剣を握りしめる。それに応えるかのように馬車の姿は遠く、小さくなっていく。後は少しでも時間を稼げれば。ふとそんな考えが脳裏をよぎったとき、聞こえるはずのない馬の嘶きが、身近で聞こえた。耳を疑いながらも、バルは振り向く。
「バル!手を!!」
敵から奪ったのだろうか。全身を返り血で深紅に染めたホセが、騎上から手を差し伸べながらこちらに向かってくる。一瞬の躊躇いの後、バルはその手を取った。一気に身体が馬上に引き上げられる。
「舌を噛むので、口を開けないで!」
今まで聞いたことのないくらい、鋭いホセの声。同時に彼の操る馬は敵陣を一瞬のうちに飛び越え、馬車が消えた方向へと向かい走り去っていた。

後に残されたのは折り重なる死体の群と、呆然とするサヴォの兵達だった。

 

第十章 遭遇 完

 

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