『夜明けの詩 月夜の涙』
 

第十三章 『楽園の騎士団』

『楽園の騎士団』。それはプロイスヴェメを拠点とする傭兵団の一つである。傭兵団とは言っても王侯達とは一線を画し、どちらかと言えば義賊的性格の方が強い。それがより顕著となったのは『隻眼のヴァルキューレ』が台頭してからである。
その異名を持つ女性はシシィ、と仲間内から呼ばれていること以外、素性ははっきりしていない。だが、名実ともに優れた武人であり指揮官であり、指導者であった。同時に彼女は権力を、殊に貴族や騎士階級の者をひどく嫌悪していた。
そのシシィが『楽園の騎士団』の先頭に立ったとき、まず最初にしたこと北方の大国ルーソと国境を接する要地ザルツワルトの急襲であった。少数とは言え、予想だにしない攻撃にザルツワルトはもろくも陥落し、以後帝都ヴェメとの連絡は全く途絶えてしまったのである。

「悪いことに、ザルツワルト伯は…所謂暴君の部類に入る人物でして…。領民達は喜んで『楽園の騎士団』を迎え入れたとか…。今現在は、自治領の様相を呈しているそうです」
僅かに苦渋の表情を浮かべながらゲオルグは話を締めくくった。バル以外の面々には先ほどの皇帝との会見時に既に知らされていたのだろう、別段驚きのような物は感じられない。
「皇帝陛下はこの状況を打開すべく、ヴァルキューレとの会見を望んでいるのですが…いかに同盟国の危機とは言え、後背の守りが手薄となった今、兵力を削くことは出来ません」
折しも季節は夏から秋。不凍結港をのどから手がでるほど欲している北方の大国ルーソが動くのは、今を置いて他にはない。確かに時期が悪すぎる。ゲオルグの言葉に、バルは賛意を示すように頷いた。
それを確認すると、ゲオルグはおもむろに、先ほどから申し訳なさそうに戸口に佇んでいるホセに向き直った。
「されど…これはあくまで我が国内の問題です。いかに忠節のためとはいえ…ヨーセフ・フォン・アラゴン殿、貴方が出向かれずとも…」


先刻から無言のまま、ホセは黙々と旅装を整えている。あの時、戦場で目にした物とはまた異なる種類の近寄りがたさを感じ、バルは手伝おうにも手を出せずにいる。そんなバルに気が付いたのか、ホセは準備の手を止め、ふと顔を上げる。いつもと変わらない武人らしからぬ穏やかな笑みを浮かべて。
「…こちらにおいで頂くのですから、相手に対して礼を尽くさなければなりません。殿下の名代、とすると、私が行くのが当然のことでしょう」
バルの言葉を先回りするように、ホセは静かに告げる。そしてふと、その表情に影が差した。
「…それに、私のカンが当たっているとしたら、やはり私が適任ではないかと思うんです」
「それは、カルロスも承知の上か?」
その言葉に、主従の気まずい雰囲気の理由を問いかけるような響きを感じてか、ホセは苦笑を浮かべ頷いた。
「ええ…だから殿下は、あまり快く思われていないと思います」
どうやら両者の間には、納得済みの『何か』が有るらしい。だがその背景が見えてこないバルは顔をしかめつつ首を傾げる。その様子を見、今度はホセの顔に微笑が浮かぶ。
「では、しばらく留守にしますが…、殿下をお願いいたします」
でも、自分ではあんたの代わりにはなれない。口には出さずバルは視線で訴える。そんなバルの頭上を、独白とも付かないホセの言葉が流れていった。
「皆、殿下のご即位を心から願っているんです…私も、恐らく兄上も…」

翌朝、まだ日も昇り切らぬうちに単騎旅立つホセを塔の上から見送るカルロスに、バルは声さえかけられずにいた。その心中を察すると、必死に威厳を保ちながらも泣き出しそうになるのを堪えているような背を見つめるのが精一杯だった。
「どうやらもう出てしまったようですな」
聞き覚えのない声に、バルは思わず振り向く。見ると、オルランドに支えられながら、一人の老騎士が狭い階段を登ってくるところだった。
「起きても宜しいのですか?イリージャ伯」
その声に応じるカルロスの顔は、やはりどこか泣き笑いのようだった。が、それを無視するように老騎士は大声で笑った。
「何の。あのやぶが寝ていろと言うからその通りにしているまでのこと。ご命令とあらばすぐにでも…」
「無理するなよ。いい歳して」
そのあまりの大声に、肩を貸すオルランドは閉口するようにため息を付く。
その様子を興味深く深く見やるバルの視線と、イリージャ伯ピピンのそれとが不意にぶつかった。あわてて頭を下げようとするバルを、伯は手を挙げて制した。
「いや結構。殊の成り行きはこやつと黒豹殿から聴いておる。…時にバル殿」
突然名を呼ばれ、バルは姿勢を正す。それを見て気むずかしげな老騎士は僅かに笑ったようだった。
「儂は以前、あのあたりで狩りをした物だ。その折り、フェナアプルにも良く立ち寄ったのだが…フェダルは息災かな?」
聞き覚えのある単語に、カルロスの表情が僅かにこわばる。だが、その問いかけに対するバルの返答は、あまりにも素っ気ない物だった。
「…戻ってくる物だと思っていたのですが…どうやら、亡くなったようです…。剣を残して行かれましたから…」
一瞬イリージャ伯の目が、大きく見開かれる。が、やがて心底がっかりしたように肩を落とすと、低く言った。
「…そうか…やはり…鷲殿の言ったことは、嘘ではなかったか…」
が、この後半はあまりにも低く、他の物の耳には届かなかったらしい。しばしの沈黙の後、それを確認するかのように周囲を見回したイリージャ伯は、再び大声で笑った。
「心配めさるな殿下。アラゴンの黒豹は必ずや戻りましょう…我々と、氷の女帝へ良い土産を持って」
その言葉に、カルロスは頷く。だが、イリージャ伯の言葉には、それ以上の意味があるらしい。暗にそれを察しながらもそれが何であるか分からないバルは、何度目かの取り残されたような気分を感じずにはいられなかった。

 

 

第十三章 『楽園の騎士団』 完
次へ
戻る
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送