AGAINsideA
act4

 

そして、薄暗がりのなかで少なくとも十分が経過した。
本来ならば点灯しているはずの電子時計のデジタル表示は、一向に回復する気配がない。
どこで何が起きたのか、全く予想も付かない中、さすがにデイヴィットもしびれを切らしかけた、その時だった。
「何だよ、こんな所に隠れていたのか?」
暗い廊下の向こうから、前触れもなく第三者の声がする。反射的に身構えるデイヴィットだったが、その声の主を確認し、大きく息を付いた。
「その様子だと、貴方も取り残され組ですか?覇王樹主任研究員殿」
正式役職名+フルネームで呼びかけられた予想外の闖入者は、その名の通りハリネズミのような頭を揺らしながら作り笑いを浮かべていた。
「いや、参ったよ。野暮用でこっちに来たら戻れなくなってさあ。この分じゃどうやら火種は研究練みたいだな…と、そちらは?」
漸く王樹はクレアの存在に気が付いたらしい。しばしの間まじまじと見つめていたが、やがて納得がいったようにぽん、と手を一つ打った。
「するってえと、Jか。ま、今はもちろんだけど…ちょっと難しいかもしれないな。例の一件で、相当絞られてるみたいだから」
また『T−S計画』か。気付かれないようにデイヴィットは吐息をつく。だが、王樹はすぐに思考を切り替えると、徐にデイヴィットに向き直った。
「それよか、これ、君何か聞いてないか?」
「聞くも何も…こっちが知りたいくらいですよ」
向こうと連絡も取れないし。そう文句を言うデイヴィットに王樹はうんうんと頷いて見せた。
「やっぱ、あの設備工事はやばいと思ったんだよなあ。見る奴が見りゃ、メインシステムが丸坊主になるんだ。進入するならグッドタイミングだ」
あまりにあっけらかんとした口調だったため、思わず聞き流しかけたが、その言葉の内容にデイヴィットは耳を疑った。
「ちょ…解ったならどうして上申しないんですか?」
「無駄だよ。俺は一介の研究員以外の何者でもないし。頭の固いデスクワーク組さんは現場の声を聞かないって、君たちも良く言ってるじゃないか」
あ、でも君は今後方勤務だったっけ。そう言って再び王樹は笑った。普段なら単なる煩い奴に過ぎないのだが、何故か今は妙な具合に救われるような気がする。つられて笑い出すクレアに、デイヴィットは王樹に礼を言いたい気分だった。
「で、君は今どこにいるんだっけ?」
「自分ですか?情報部の資料分析室ですけど…」
それが何か?と言いたげなデイヴィットの様子を全く意に介することなく、王樹はこともなげに言った。
「そこの端末、触らせてくれないかな?何か解るかも」
「はあ?」
言葉を失うデイヴィットに、王樹はさらに続ける。
「ここでこうして世間話していてもらちは開かないし。まあ、俺は楽しいから良いけど、どうせならベターな方を取った方がいいだろ?」
それだけ聞けば確かに正論だ。問題は発言者の性格と、その目的地にある。
「けれど…非常時とはいえ、部外者を入れるわけには…」
殊に本部館勤務組は研究練組を快く思ってはいない。それは周知の事実であるにもかかわらず、ことさら事態を悪化させるようなことを楽しんでしまうのが、この人物である。
提案を却下された王樹は口の中でなにやら呟いていたが、やがて再び何かを思いついたように満面の笑みを浮かべデイヴィットに向き直った。
「…うちらのメインには、アクセス出来なかったんだよね?」
「ええ、落ちる寸前に、通常勤務続行の命令が来てからは、何も」
「本部のシステムは?」
「…あ!」
言われてみればその通りだ。情報は何も一箇所から得られる物ではない。同様に、接続経路も一箇所にこだわる必要はないのだ。
「了承?ならこれを繋いでみて」
いつの間にか、デイヴィットの目の前に、小型の端末が置かれている。どうやら王樹が白衣の下に隠し持っていたらしい。
「…それって、立派な内規違反ですよ」
「平時ならね。非常時なら君らは何をしたって文句は言われないだろ?」
事実を自分と自分が置かれた状況に都合良く解釈するのも、王樹の『長所』であり『欠点』でもある。
だが、ここでこのまま缶詰になっていても状況は好転しない。不安げなクレアの視線を感じ、今回だけですよ、と念を押してから、デイヴィットは王樹の端末に向かった。

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