AGAINsideA
act5

本部メインシステムへの接続には、さして時間はかからなかった。
接続と同時にけたたましく鳴り響いたアラート音は、入力されたデイヴィットのパスワードによってすぐさま沈黙し、端末には次々と情報が流れ込んでくる。
「上等。愛すべき我が家へは帰れるかな?」
言葉こそ冗談めかしてはいるが、いつになく王樹は真剣な表情を浮かべている。未だ気が進まないデイヴィットは不承不承、研究練メインシステムへの侵入を試みた。しかし。
「駄目です。やっぱりこっちからも入れません」
「何で?君のパスワードはフリーパスなんだろ?」
「そのはずなんですが…自分の目で見て確かめてください」
言いながらデイヴィットは端末を持ち主の方へ押しやった。画面は相変わらず漆黒のみを映し出している。
「と言うことは、落ちちゃったのかな…?」
物騒なことを言いながら、王樹は暫し、端末をいじっていた。すると、それまで真っ黒だった画面に、白い文字が不意に浮かび上がる。出来上がっていく文章を追う視線が、次第に熱を帯びていく。
「こいつは…」
「サイバージャック、ですか…?」
「I.B.…」
画面を見つめる三人の口から、三者三様の言葉が漏れる。
「本格的に落ちちゃったみたいだね。これじゃ、フリーパスでも無理なわけだ」
で、どうする?と言わんばかりに王樹はデイヴィットを見やる。水を向けられた側は仕方なしに首を横に振った。
「どうしようもないでしょう。何かしたら命令違反になりますから…」
そう、今のデイヴィット…bQ1に化せられた任務は、あくまでも通常勤務である。侵入者をどうこうする事ではない。
八方塞がり。そんな単語が脳裏をよぎりかけたとき、王樹が指を鳴らした。
「今度は何です?」
睨み付けるデイヴィットに、王樹は全く懲りた様子はない。それどころか得意げに目の前に人差し指を立ててみせる。
「惑連憲章23条、職員の項。覚えてる?」
「…惑連職員たる者は、その職務に係わることなく、万一…」
何かを思いだしたように、すらすらと諳んじていたデイヴィットが急に口ごもる。それを認めて王樹はしてやったりとにんまりと笑った。
「職務に係わることなく、万一惑連の機能を破壊しようとする行為に直面した場合、全力をもって機能維持に尽力し、その行為に対抗すること。…君のデータとは違って正確じゃないと思うけど、確かそんな内容だったよね」
言いながら王樹は片目をつぶって見せた。取りようによってはこの条項に従えば、『一般職員』デイヴィット=ローは、サイバージャックの犯人と対峙しなければならないことになる。よりによってこんなことを覚えているとは。デイヴィットは悟られないように溜め息をついた。
「けれど…どこから手を着ければ良いんです?この端末だと、下手に動けば相手に悟られます」
「本部経由で、進入経路を割り出す。たぶん内部からも手を引いてる可能性があるけど、それは愛する同胞に任せるとして…早く終わらせてお邪魔虫は退散しないとね」
余程この御仁は真面目になりきることが嫌いらしい。お茶らけたことを言ってから立ちつくすクレアに一つウインクを送り、再び王樹は本部からの逆解析のため研究練との接続を切る。普通ならそれこそ懲戒物であるその行為を、止める気力はデイヴィットには既になかった。
「あった。これだね。ルナ経由。これを受信してからおかしくなったみたい」
「けれど…あっちは今、復旧作業も殆ど終わって…」
「目に見えるところに仕掛けは残しておかないよ。たぶん奥の奥の方に、何かやられたんだね…終わったら小龍に伝えとくよ」
そう言えば大尉殿は戻っていたんだっけ。これは帰り際また荒れるだろうな。そんなことを考えながらデイヴィットは王樹に向き直った。
「で、経路が解ったら、次はどうするんです?」
「ボムを仕掛ける」
「はい!?」
何を言い出すんだこの人は。言わんばかりにデイヴィットは王樹を見つめる。一歩下がったところで成り行きを見ていたクレアも、突然のことに数度、瞬きした。
「正確に言うと、ボムを発動させるって言った方がいいかな。元々セキュリティ目的で、メインシステムには隠しプログラムが組んであるんだ。部外者がそれに触れれば、あっちのシステムの中で静かに増殖して、一定の条件がそろえば内側から崩壊する」
その最後の条件をそろえてやろうって訳さ。王樹は笑みを浮かべながら指を鳴らした。一抹の不安を感じ、遠慮がちにデイヴィットは聞いた。
「…ひょっとして、楽しんでやっていません?」
「こんな緻密な作業、楽しまなきゃやってられないよ」
予想通りの返答に、デイヴィットは脱力せざるを得なかった。

 

戻る

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送