AGAINsideB
the dolls  act1

 

「で?だからどうしろって?」
『黄小龍大尉』ことシリアルI.D.012-0-018、通称bP8は、かなり不機嫌だった。
現在、ルナ惑連に於いて、表向き彼は前回のエウロプ衛星政府への出張に付随する非番休暇を取っていることになっている。だが、実際には何のことはない、定められた定期検診を受けにテラへ来ているのである。
正直、彼はテラ行きを快く思ってはいない。それまでも何度か機会はあった物の、そのたび『諸般の事情』により、先延ばしにしていたのだ。だが、『幸運』もそう長くは続かなかった。ルナにおけるI.B.の一件が取りあえず一段落付いた時点で、強制送還、と相成ったわけである。
今、彼の手元には検査結果がある。その内容は彼をさらに不機嫌にするのに十分な物だった。
「ですから、先ほども申し上げたとおりです。概ね目立った異常は見られませんが、脳波に若干の乱れがあるので、精密検査を…」
「願い下げだ!」
乱暴にbP8は、書類を机に叩き付ける。その様子を、bP4は、顔色一つ変えずに見つめていた。
「だいたい、目立った異常じゃないんだろ?なら何で精密検査が必要なんだ?」
毒突きながら彼はループタイをゆるめた。本音を言うと、今彼が身につけている『特務』の軍服すら忌々しい。テラ惑連本部内で彼らが着用を義務付けられているこの格好は、思い出したくない事実を思い知らされる、そんな気がしてならなかった。
「こっちは立て込んでるんだ。多少なりとも乱れも出るさ」
許容範囲だ、と言わんばかりにbP8はまくし立てる。bP4は二、三度瞬きをした。
「そんなこと言っちゃってぇ。単にJに会いたくないだけじゃないのぉ?」
場違いな間延びした口調の乱入に、bP8は思わずつんのめりそうになる。先ほどからずっと端末と格闘していた30が、ここぞとばかりに茶々を入れたのである。
「あ、ひょっとして、図星ぃ?」
「…お前、それが上席者に対する言葉遣いかよ?」
ぎっと睨み付けられて、30は舌を出し、再び端末に向かう。小さく舌打ちしてから、再びbP8はbP4に向き直った。
「そういうわけで、俺は予定通り、明後日にはルナに戻る。その方向で…」
「検査にはそれほど時間を要さないと思いますが…」
氷のように表情を動かさないbP4に、bP8は深々と溜め息をついた。いや、これが本来の自分たちのあるべき姿なのかもしれない。何事にも動じることなく、余計な情感に惑わされることなく冷酷なまでの冷静さで任務を遂行する。けれど実際、自分はどうだろう。
「…単なる『出来損ない』だよな…」
「…は?」
「独り言だ。とにかく、時間が惜しいんだ。あまりこっちにいるわけにもいかない」
小首を傾げるbP4にそういうと、手配はこっちでやるから、と言い残し、彼は立ち去ろうとする。すると再び、30の間延びした声が引き留めた。
「ねぇ、大尉殿ぉ、さっきから地下二階のF32実験室に有人反応があるんだけどぉ。使用申請はこっちにはきてないんですがぁ、何か聞いて無いですかぁ?」
bP4とbP8は顔を見合わせる。一瞬の間の後、二人はそれまで30が向かっていた端末にかじりついた。
「…おい、これはいつから出てるんだ?」
視線はモニタに固定したままでbP8は鋭い口調で問う。返答に詰まる30に代わってbP4がキーを叩く。すぐさまそれに呼応するように、入室履歴が画面上に表示された。
「到達推定時刻は3分前です。けれど、ここに至る経路はトレースできません」
「それは、どういうことだ?」
「部内者が正規のルートで入室した訳ではない、と言うことです。ですから…」
「…壁に穴でもぶち開けた、とでも?」
bP8が、二人の顔を交互に見やる。何かを思いだしたように、30が、ぽん、と手を叩いた。
「そういえば、本館の地下配電盤の臨時点検があるって…。昨日付で一時、セキュリティが一部変更にななってた気がする…」
「その文書を回せ」
「これこれ。一斉配信だから、間違いないよね」
ざっと、bP8はその文書に目を通す。そして思わず頭を抱えたくなった。機密事項に触れる事柄を、部内文書とは言え、通常回線で配信する奴がどこにいる。平和ボケも良いところだ。
「…この設定では、一定条件を満たした不法侵入に対して、全くシステムが機能しないことになります…」
一瞥したbP4が、人ごとのような冷静さで分析する。嫌な予感が、bP8の脳裏をよぎる。
「…あの時と同じ方法か?…じゃあ…」
「大尉殿〜大変〜。研究練個別のセキュリティが、落ちてる〜!!」
緊張感のない絶叫が響く。
「本部館との通用口を閉めろ!すぐにだ!!」
かき消すようにbP8の命令が飛ぶ。
…間違いない、奴だ。bP8は確信した。別れ際のあの言葉を実行するために、奴が、来た。空恐ろしさに、bP8は無意識のうちに唇をかんでいた。

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