ANOTHER LINKS〜the dolls〜 act15

マルスによる政治及び経済的な支配。
常に母星の管理下に置かれ、母星無くしては存在し得ないように系されてしまった制度。
入植一世ならまだしも、この星で生まれ育った生粋のフォボス人達にとっては許し難い現実。
その現実に対し、憤りという名の同じ思いを持った人間が、所属する団体の違い、という皮肉によって、敵味方に別れ銃口を向けあっている。しかも今現在危険にさらされているのは、その問題とは縁もゆかりもないいわば赤の他人、と言うのが正直な現状だった。
「Mカンパニーも罪作りだな」
「開発者の特権だけを取って、義務を果たそうとしないからですか?」
「普通はそんなものさ。権力者は利潤をむさぼり、しわ寄せは末端に押しつけられる」
不服か?とでも言うように見返してくるスミスに、デイヴィットは返す言葉がなかった。人間が地球という惑星にしがみついていたころから繰り返されてきた暗い歴史。解ってはいるつもりだが、その理不尽さを彼はどうしても割り切ることが出来なかった。
「0と1とでは計りきれないのが人間だ。…そこが面白いところでもあるのだがな」
「非合理ですね。自分から見ると」
「逆に言えば、非合理だからこそ成り立っている、とも言えるのだがね」
納得がいかない、と言うようなデイヴィットに対し、スミスは僅かに笑って見せた。だがその笑みにはいつもの皮肉な色が見られない。僅かにそれを疑問に思いつつも、デイヴィットは窓の外に目をやる。
「光の位置が移動しました。…相変わらず点滅は続いているところを見るとまだ気付かれてはいないようですね」
「確認するが、その点滅に規則性は無いのか?」
モールスか何かになっていないのか、との問いかけに、デイヴィットは首を横に振った。
「別に…それらしくは見えません。ただ単に点いたり消えたりしているだけです。恐らくこちらに居場所を知らせる以外の意図は無いのではないかと思いますが」
…因みに現在位置はここです、と、デイヴィットは院内見取り図の一点を指し示した。最上階にある展望レストランの一角である。それを見つめるスミスは唇の端を僅かに上げた。
「妙だとは思わないか?」
「何がです?」
「発光している、と言うが、君たちではなくて我々普通の『ヒト』にはそれは見えないレベルの物だと言ったな」
「…はい…」
「だとすると、無駄を承知で彼は光らせているのかな?」
「自分…特務が動いている、と仮定している者がいる、と言うことですか?」
意地の悪いスミスの言葉に、反発を感じながらもデイヴィットは応える。それから再び病院方面に視線を巡らす。だが、その時既に光の点滅は見られなかった。
仕方なく瓦礫の中に埋もれてしまった人質名簿のデータを脳裏に描く。そしてその名前を惑連重席者のデータと一つ一つ照らし合わせていく。それが終わると、次は主な研究員の名前…。
「済まないが、痛み止めは残っているかな?」
その作業はスミスの一言で中断せざるを得なかった。慌ててデイヴィットはキッチンに走りコップ一杯の水と錠剤を用意する。僅かずつではあるが薬の効く時間が短くなっている。最も複雑骨折している状態を添え木しただけでまともな処置をしていないのだから無理はない。導き出された結論は、即、作戦決行…。
「桐原さんと連絡を取りましょう」
何故、とは口にせず、鋭い視線をスミスは向ける。それをデイヴィットは臆することなく受け止めた。一瞬スミスの顔に意外そうな表情が浮かんだ。
「彼がM.I.B.に内通しているのは確かでしょう。だが少なくとも今回の件には関与していない。ですが上部に知られればまず第一に疑われるでしょう」
「交換取引をしようというわけか。だが、彼の身の安全と引き替えに、何を要求する?」
「惑連軍の人員輸送用ヘリを一機。操縦者と適当な装備付きで」
その間髪入れない返答に、スミスの顔にあの笑みが戻った。

瓦礫の山はすっかり片付けられ、平坦なコンクリートの基礎が剥き出しになっている。遺体の確認作業も進んではいるが、肝心のテラから来た客人と思しきそれは未だ発見されていない。まるで煙にでもなってしまったかのように。
上物が取り払われてから、地下部分にレスキュー隊が入ってくまなく捜索が行われたが、人間の遺体はおろか、ネズミ一匹見つけることすら出来なかった。
にもかかわらず、未だ紅リゾートに陣取っている集団からの連絡は途絶えたままだ。桐原と繋がりのあるM.I.B幹部の言葉は正しかったのだろう。これで完全に事件解決の糸口は切れてしまった。ビニール袋に入れられた事件の客人が持っていた資料の確認を求められたときも、桐原の脳裏はそのことで一杯になっていた。
残された道は、リゾートを取り巻く惑連軍に突入を命じるか、犯人が自暴自棄になって人質もろとも玉砕するのを待つかの二つに一つである。いや、下手をするとM.I.B主流派に自分自身が『売られて』しまう可能性がある。どちらにせよ結末に浮かぶのは『絶望』の二文字だけである。
「顔色が悪いですね。少しお疲れなのではないですか?」
不意に声をかけられ、桐原の心臓は大きく脈打つ。恐る恐る振り返る彼の視界に入ってきたのは、今まで自分が探していたまさにその人達だった。
あまりのことに言葉が出ず、口をぱくぱくさせる桐原。これで交渉の主導権を握ったも同然である。
「あ…あなた達は一体…」
「だから、テラの惑連職員以外の何者でもないですよ。所属部署は少し違うかも知れませんが」
「監査部ですか?それとも情報局?」
「私は一応後者ですが、…彼は少々微妙な立場にあります」
なぞめいたスミスの言葉に、桐原は青ざめつつも首を傾げる。何もそこまで追いつめられている人間にとどめを刺さなくても良いじゃないか。『いたたまれない』という心境はこういう状況を言うのか。妙に納得してから、デイヴィットは一歩足を踏み出した。
「我々の要求は簡単です。貴方と取引がしたい。これは貴方にとっても決して悪い条件ではないと思いますが」
自分の素性については口にせず、単刀直入にデイヴィットは切り出した。最早自己紹介をし直す時間すら勿体ないし、今更本当のことを話したとしても逆効果になるだけだろう。そう判断したからだ。
「私にとっても有効、とは?」
「貴方が協力してくれれば、我々は人質を助けることが出来る。貴方は惑連職員としての立場を守ることが出来る…そして何より」
意図的にデイヴィットは言葉を切った。ここが落としどころだ。不安げな桐原の視線と、無表情なスミスの視線。その双方を痛いほど感じながら、デイヴィットは口を開いた。
「…M.I.Bに取っては組織全体が起こした事件ではなくて、一部の急進派が先走った事件として片付けることが出来る」
一石三鳥ではないですか。言外にそれを匂わすことができかたどうか。言っている側はかなり不安を感じていたのだが、その効果は予想以上に大きかったらしい。がっくりとうなだれた桐原の口からか細い声が漏れる。
「…私は…何をすれば良いのですか?」
してやったりの言葉に、デイヴィットは思わずスミスを省みた。

 

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