interval〜after the PASSION

穏やかな平日の昼下がり、ようやく人の流れが途絶えてきたオープンカフェスタイルの店で、コーヒーをすすりながら読みかけの論文や報告書に目を通す。それがこの『社会』に勤務し始めてからの彼のささやかな息抜きだった。
新米の頃はそれに付き合う物好きな同期も三人ほどいたが、うち一人は実験中の事故で命を落とし、もう一人は自らここを去り、残る一人もいつしか音信不通になった。かくして昼下がりのカフェテリアには彼一人が取り残されたが、数十年来の指定席にはほぼ毎日のように彼の姿があった。
けれど、話しかけてくる知り合いが来るわけでもなく、いつものように、残っていた最後の一口を流し込もうとしたときだった。
「ここ、よろしいかしら?」
不意な背後からの女性の声に、ジャックは咽せそうになった。ひとまずカップをテーブルに戻し、読んでいた本を閉じ、おそるおそるといった風に振り返る。その先には、見覚えのある姿があった。
「相変わらずここに来てるのね。変わったのはお店の名前くらいかしら」
そういうと女性はジャックの返事を待たずにその正面に座り、テーブルの端末で注文を済ませていた。
「…キャス…?こっちに着いてたのか?」
ようやくそれだけ吐き出すと、ジャックは大きく息をつき、同じく二杯目の注文を入れた。
「二日前にね。着いたとたん呼び出しを食らって、今やっと解放されたとこ」
冗談めかして深々と吐息をついてから、キャスリン=アダムスは苦笑いを浮かべて言った。
「貴方も苦労してるんじゃないの?頭、見事に真っ白じゃない」
「いろいろあるのは昔と同じさ。何一つ変わっちゃいない」
自動運転のワゴンが、コーヒーを二つ運んできた。各々それをテーブルに取り、ほぼ同時に口を付ける。
気まずい空気が二人の間に流れたが、先にそれを破ったのはキャスリンの方だった。
「…みんな、どうしているのかしら」
独白とも質問ともとれるキャスリンの言葉に、ジャックは無言でカップをテーブルに戻した。やや間をおいてからジャックはようやく口を開いた。
「…ニックの裁判はまだ始まったばかりらしいが…どちらにしてももう会うことはないかもしれないな。後の奴らは、大学病院に潜り込んだり、開業するんで故郷に戻ったり。今残ってるのは自分だけさ」
「…エドは…まだ…?」
何気なさを装った言葉は、だが重い空気を引き寄せた。それを無理矢理払うかのように頭を揺らしてから、ジャックは言葉を継いだ。
「奥さんは、実家の方へ帰ったらしいよ。お嬢さんも今年…」
「そうじゃなくて」
厳しいキャスリンの言葉に、ジャックは押し黙った。そして観念したかのように溜め息をついた。
「…まだここにいる。…たまに前線にも出てもらってる。ただ…」
「ただ?」
わずかにキャスリンが身を乗り出す。それとは対照的にジャックは慎重に言葉を選んでいるかのようだった。
「…サードと違ってA.I.の不具合も、脳細胞の壊死も起きていない。けれど」
そしてジャックは脇に置いてあった一束の書類を、キャスリンの方へ押しやった。しばらくキャスリンはそれに目を通していたが、やがてその顔色が変わった。
「…J…これは…」
「見たとおりさ。細胞自体の再生力…寿命が限界に近づいてる」
意識的にか、無意識にか、ジャックは視線を逸らした。
「これが人間の限界だ。結局は『神』と呼ばれる者の御業にはかなわない。非科学的な考え方かもしれんが、これが現実さ」
「それを分かっていながら、まだその領域を犯しているの?」
「…それは…」
そう言ってしまってから、ジャックはキャスリンの術中にはまったことに気がついた。返答に窮するジャックに、キャスリンはわずかに笑みを浮かべた。
「本当に変わらないわね。相変わらず嘘つくのが下手」
「…奴ら、何か失礼なことをしなかったか?」
恐る恐る尋ねるジャックに、キャスリンは笑みを浮かべたまま首を横に振った。
「その逆。すっかりお世話になったわ。…いい子たちじゃない」
「そういわれると、…少しは気が楽だよ。許されるとは思っていないがね」
照れ笑いになりきらない複雑な表情が、ジャックの顔に浮かび、そして消えた。
残った者、去った者、それぞれに異なる傷がある。流れる時間は果たしてそれを癒したのだろうか、それともえぐったのだろうか。
「お邪魔したわね。どうもありがとう。みんなによろしくね」
穏やかな笑みを残して、キャスリンは立ち上がった。そして、返すべき言葉をジャックは思いつかなかった。小さくなっていく後ろ姿を、ただ見送っているだけだった。

平日の昼下がり、彼のつかの間の休息は、いつもと変わることなく、これからも続く…。

 

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