interval〜after the PASSION socond


初めてこの星に降りたって感じたのは、どことなく落ち着かない、居心地の悪さだった。いや、どこへ行っても本来的な意味で自分の居心地の良い場所などあるはずがない。黄小龍大尉は内心苦笑し、癖のある暗い色合いの髪を掻き上げた。

そもそも、彼がここに来たのは楽しい理由が有ってではない。先だってのルナ惑連支局占拠事件に於いて、I.B.のメンバーが逃走した先が、どうやらこの星…ユピテル衛星政府管内の小惑星帯らしい、という情報を確認する、その命令をありがたく拝命したのが小龍だった。
そもそも、このユピテル衛星政府というのはガス星であるユピテルの周囲を回る、イオ、ガニメデ、エウロプの衛星からなる連合国家である。連合、と言う言葉から察しが付くように、はっきり言ってこの政府はまとまりがない。首長が変わるたび主張も変わり、また、元来のガス採掘や近年巨大資本の工場の建設など、労働力を必要とする国柄も手伝って、出入りの激しい国民たちは一部の政治家たちの権力争いに全く興味を持ってはいなかった。
さらに同じくユピテルを取り巻く小惑星帯は軍や警察の大型艦船による航行は不可能であることから、所謂お尋ね者たちの格好の隠れ家になっていた。そんな所であるから、I.B.が小惑星の一つをくりぬいて、大々的にアジトを造っていたとしても不思議はない。
正直、小龍は気が重かった。いや、『ヒト』であれば胃に穴の一つや二つ、開いても良いくらいである。予想外にも、『ドライ』の一件は、彼に二つ目のトラウマを残してしまったようである。
にもかかわらず、彼の同僚である楊香はそんな彼を察することなく(もっともなことかもしれないが)、笑い飛ばすや否や、いつものように彼の背中を力強くひっぱたいて送り出したのであった。
そんなに面白がるなら変われば良いじゃないか。
そう口にすることもなく、小龍は埃っぽい街を支局に向けて足を踏み出した。

どこかくたびれたようなエウロプ支局の職員たちは、やはりどこかくたびれているようだった。遠く離れた本庁の命令に振り回され続けているのだから、くたびれるのも無理はない。羽を伸ばすには、ここはいささか遠すぎ、そして危険すぎる。
そんなことをぼんやりと思いながらロビーで佇む小龍の前に現れたのは、飄々とした風体の男だった。
「やあ、まさか君が来るとは思わなかったよ。エリートさんにはこの星はびっくりしたんじゃないか?」
「…お久しぶりです、大尉」
努めて小龍は礼儀正しく一礼した。彼にしてはきわめて珍しいことでもある。だが、それを受けた側は、全く気にする出もなく、ひらひらと手を振って見せた。
「そんなに他人行儀になるなよ。…それにしてもすっかり立派になったじゃないか。初めてあった時とは大違いだ」
感慨深げに頷いてから、男はここでは何だから、と外を指さした。断る理由は小龍にはない。
かくして両者は鄙びたと言うよりは寂れたという表現がしっくりくる喫茶店で、テーブルを挟んで向かい合うこととなった。
「…ここ数ヶ月の公認未公認の航行記録なら、2,3日のうちに出ると思う。まあ、ここの仕事と言ったらそれくらいしかないからな」
ウエイターがコーヒーを並べ、机から離れるやいなや、男は小龍がもっとも気にしていた答えを口にした。慌てて一礼する小龍に、男は再び手を振って答えた。
「それくらいしか無いじゃないか。わざわざエリートさんがこんなとこくんだりまで足を運ぶなんてさ」
予め手を回しておいたよ、と笑うと、男は一口、コーヒーを飲んだ。何を言って良いか解らずに黙り込む小龍をよそに、男は徐に口を開いた。
「実は、来月一杯でリタイヤする事が決まったんだ。ここが俺の最後の任地というわけだ」
突然のことに、小龍は持ち上げかけたカップを再び戻した。ごとん、と重い音が店内に響く。
「同じセカンドナンバーと言っても、俺はどちらかというとファーストに近いからな。上もそろそろ限界と判断したらしいよ」
「では…」
「そうだなあ、良くて資料として解剖される、悪くてそのまま廃棄処分、そんなところだろう。お情けで2階級特進するかもしれないが、上にとっては痛くもかゆくも無いからね」
それが彼らの現実である。『ヒト』の都合によって『造られ』、都合によって『酷使』され、不要となれば『処分』される。忘れていたかった現実が今、小龍の前に、同じ道を歩いていた先輩と言う姿を取って前触れもなく現れた。その小龍を察してか、男はこれも定めさ、と呟いて短く口笛を吹いた。
「…サードに、会ったのか?」
再び小龍の手が止まった。答えが無いのを肯定と受け取ると、男はさらに続けた。
「俺も一度しか見たことは無いが…あの人は特別だ。そう、なんて言うか…恐ろしい人だ。君の原型さんとは別の意味で」
また嫌なことを一つ思い出し、小龍は深々と溜め息をついた。どうしてこの先輩は、狙い澄ましたように嫌な現実を見事に突いて来るのだろう。これが経験の差、と言う物なのだろうか。
「で、何がおっしゃりたいんですか?」
苛立ったような小龍に、男は笑って見せた。
「いや、別に…。ただ、これ以上、君に上…J達と衝突しないで欲しいと願っているだけさ」
「それは『特務』の先輩としての忠告ですか?」
「どうだか…試験監督官からの忠告と取ってもらった方がいいかな」
「…貴方が小官の『実務試験』時に、合格の判定を下していなければ、どうなっていたかは理解しているつもりです」
男はゆっくりと首を横に振った。
「確かに俺は、君に対して合格の判定を下したよ。でも最終決定を下したのはJだ。彼が首を縦に振らなければ俺が何を言っても無駄だったろう」
僅かに顔をしかめる小龍に、男は再び笑った。
「そんな顔をしなさんな…。不本意かもしれないが…彼はおそらく唯一の理解者だ。君がどんなに否定しようとも」
そう、解っているから癪なのだ。無言のままの小龍に、男は言った。…残念ながら俺のような旧型には、複雑な君の思考回路は理解できないよ、と。

別れ際、男は報告は出来次第送付する、と言い、ついでに楊香は元気か、と尋ねた。嫌なくらい、と小龍が答えると、男は寂しげに笑いながらこういった。
「じゃ、よろしく伝えておいてくれ。…もう会うことも無いと思うがね」
それは紛れもない事実だった。『ヒト』ならば今生の別れに涙の一つぐらい出てくるところだろう。だが、彼らにはそれが、無い。

やがて、ルナに戻った小龍の元に、2通の文書が送られてきた。
一通はユピテルからのこれ以上ないと言った具合の完璧な航行記録報告書、もう一通はテラからの『No'10』現役引退を告げる機密文書だった…。

 

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