interval〜at MARS


非常灯だけが点る薄暗い廊下を、『彼』は危なげなくその歩みを進めている。
普段は無数の職員達が、昼夜を問わず行き来しているであろうその廊下に、彼以外動く物は何もない。
先刻、まだ何か言いたげだったカスパー=クレオ恒星間通信社マルス支部長を宿直室の一つに案内(正式には押し込め)し、再び中央管制室に戻る道すがら、彼は妙な気分に捕らわれた。いや、気分というのは正しい表現ではないかもしれない。本来、0と1との計算から導き出される答え以外の情報を、『彼』が感じるはずはない。
やがて、威圧感のある中央管制室の扉が目前に姿を現した。どうしてこういった所の扉は等しくデザインが似ているのだろうか。くだらないことを考えながら彼は室内へと足を踏み入れた。
やはり人気が無く、照明が落とされた中央管制室には、僅かに電子音が低く流れるだけで、一見誰もいないように見える。一瞬彼は戸惑いの『表情』を浮かべたが、コンソールテーブルの陰に目指す人物の姿を発見し、姿勢を正した。
「遅くなりました…あの、支部長さんはどうにか…」
話しかけてから彼は異変に気が付いた。薄暗がりの中、肝心の相手は話しかけられても全く反応がない。彼はゆっくりと歩み寄り、改めて声をかけた。
「…少佐殿?」
青白い非常灯が、ぼんやりとその姿を浮かび上がらせる。微動だにしないその姿はさながら出来の良い彫刻か、『死体』のようだ。思わず彼は息を呑む。
だが、その肩がほんの僅かではあるが上下動を繰り返しているのを確認し、ほっと胸をなで下ろした。どうやら先ほどの破損箇所の神経系を切り離す『自己修復』に入っているらしい。実際、目にするのはこれで二度目だが、何度見てもあまり気持ちの良い物ではない。
「…やれやれ…」
意味もなく呟くと、彼は束ねていた髪をほどいた。
殆ど金髪と言っても良い淡い茶色の長髪が広がる。うるさげにそれを掻き上げると、何をするでもなく彼は行儀悪く端末の端に腰を下ろした。
これでこの建物の中で動く『モノ』は、しばらくの間文字通り彼だけである。そう思うと沈黙に耐えられない彼は妙に気が重くなった。
それにしても。彼は改めて『眠って』いる少佐…No.5を見やった。
目の前にある『No.5』という器の中に、全く異なる人格が、その任務にあわせてインプットされている。
頭では理解してはいるものの、今、目の前にいる穏和な人物と、かつてフォボスで行動を共にした冷酷とも言える冷静さを持った人物が、どう考えても同一人物とは思えない。
いや、正確に言えば、かつて『生きて』いた本来の『No.5』は、すでにこの世には存在しないのだ。にもかかわらず、魂を失った器だけが、こうして今、目の前にいる。
…それこそ本当の『人形』じゃないか。
自分の導き出した答えを否定するように、彼は慌てて頭を振った。長い髪が揺れる。理由も解らず、彼は無性に悲しかった。
すでに日付は変わっていた。次に日が昇るまで、何をしようか。改めて彼はNo.5に歩み寄り、その顔を覗き込んだ。相変わらずNo.5は、規則正しく穏やかな寝息を立てている。
再び彼は背中に届く髪を一つにまとめた。取りあえず支部長さん達は朝食を取る。まずは何か食料の調達と…その前に報告書の準備か。
考えをまとめ、彼は立ち上がった。

…静かに夜は、更けていく…。

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