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〜after the AGAIN(in LUNA)〜

 

ルナ惑連情報局調査部第一調査室は、このところ目の回るほどの多忙を極めているが、職員の心境は至って平穏そのものである。
現在、定期航路船行方不明事件から派生したルナ惑連本部ビル占拠事件が主な彼らの調査対象となっているが、これはどう見てもあまり楽しい仕事とは言えない。いわば宿敵I.B.に一杯食わされたその裏を取っているのだから、当然と言えば当然だろう。
ではこの平穏の原因は一体何かと問われれば、彼らは間違いなく二つの空席を指さすだろう。
調査室長は占拠事件の折りに負った怪我の経過が思わしくなく、長期入院加療中である。また、主席調査官は出張及び未消化非番日の消化のため、長くルナを離れている(この忙しいときに、と思いはすれ、それを口に出す者は誰一人いなかった)。
かくして、今現在この調査室を仕切っているのは、美貌の次席調査官楊香である。何を考えているのか計りかねる(もっともそれは演技にすぎないとの噂もあるのだが)室長や、常に不機嫌そうな主席調査官が衝突しているのを見なくてもすむのだから、願ったりかなったりである。
職員達の思惑を知ってか知らずか、楊香は今日も文書に目を通し、自分で処理しても差し支えない物にはサインを入れ、そうでない物には未決のフォルダに押し込んだ。上席者の長期不在のため、そのフォルダは既に溢れそうになっている。そろそろもう一つ準備した方がいいかもしれない、暢気にそんなことを思ったその時、前触れもなく扉が開き、同時にそれまで慌ただしいながらもどことなく和やかだった空気が一瞬にして凍り付いた。
無言のまま上目遣いに見つめる楊香の前を素通りして、主席調査官黄小龍はいつもと変わらぬどこか不機嫌そうな表情で自分の席に着く。机上を埋め尽くしていた個人宛文章にざっと目を通し、不要と判断した物を躊躇いもなく脇のくず入れに放り込む。そうしてようやくできあがったスペースに、間髪を入れず楊香は未決フォルダをおいた。小龍は言葉もなくしばらくそれを見つめていたが、やがて諦めたようにそれを手元に引き寄せた。
「留守中、特に変わったことは有りませんでした。小官が処理して差し支えない物は全て処理しておきましたが…」
事務的な言葉の裏に、いつもの茶化しに煮た響きが見え隠れする。どことなく笑いを堪えているような様子の楊香を、小龍はあえて無視した。だが、当の本人はへこたれない。
「…そちらは、何か変わったことでも?」
「…里帰りして何が悪い?」
僅かにざわめく室内に、小龍は鋭い視線を送り黙らせておいてから、おもむろに口を開いた。
「…これは一級機密で、部外秘公開情報だが…ドライが死んだ」
先ほどとは異なる種類のざわめきが室内に広がる。今度はそれがまんべんなく広がり、自然に収まるまで待ってから、小龍は再び不機嫌そうに口を開いた。
「恐らく…今頃先方は次の『頭』を巡っての内部紛争で、こっちの方まで手が回らない状況だろう。その間に出来る限り追いつめろ」
早い話が『内部の混乱に乗じて叩きつぶせ』と言うことなのだろう。だがそうとははっきり言わないところがこの主席捜査官殿が畏れられている所以である。真正面に立つ楊香はだが、表情を全く動かすことなく一つ頷くと、この室内にいる者全員が思っているであろう疑問をこともなげに口にした。
「先ほど、ドライが死んだ、と仰いましたが、一体…」
一瞬の沈黙。一同が固唾をのんで返答を待つ。
「…ドライが死んだ現場に居合わせた…あまり気持ちのよいものではなかったが…」
フロア中に響く絶叫が、室内を支配した。

時計はルナ時間で既に14:30を回っている。溜まりに溜まった仕事を取りあえず一段落させてから、小龍は『休憩』を取るために席を立つ。何か言いたげだがそれを口にすることが出来ずにいる無数の視線を無視し、後を頼むと言いかけた彼を楊香は呼び止めた。
「そうだ。医療部から伝言が入っていました。暇が出来たら至急顔を出すように、とのことです」
意味深な彼女の笑顔と医療部などという自分とは全く無関係な部署からの呼び出しを不審に思いながらも無表情に一つ頷くと、小龍は無数の視線を背中に受けながら部屋を後にした。
本来、彼らに『休息』は必要ない。だが、場合によっては完全に『ヒト』を装うため、食事もすれば寝たふりもする。ありとあらゆる状況を想定した機能が、彼らには備わっているのである。
忌々しい。だが全てを受け入れてしまえるほど自分は利口ではない。いや、だからこそこれ程までに自らに苛立ちを『感じて』いるんじゃないか。
不機嫌な表情のまま、彼はふと自分の前に立ちふさがる扉を見やる。『医務室』。どこから見てもそこにはそう書いてある。けれど、何故自分がここに呼ばれなければならないのか。ここまで来てみたものの、その理由は未だ解らない。釈然としないまま、彼は扉をたたいた。
待っていました、とでも言うかのように扉はすっと開く。多少の警戒心を抱きながらも小龍は足を踏み入れる。室内は様々な薬品の匂いが医療用器械の匂いが入り交じった…彼の良く知る空気だった。
「情報部第一調査室所属、黄小龍大尉です…あの…」
その声に応じて、薬品棚の陰から一人の女性が姿を現す。その顔を認めて、小龍は思わず一歩後ずさった。
「どうぞこちらにかけてちょうだい。待っていたのよ」
笑顔を浮かべながらも女性は有無を言わさず一つの椅子を指し示す。観念してやっとの事でそこに腰を下ろすと、小龍はやっとの事で口を開いた。
「…驚きました…いつからこちらに?博士…」
戸惑いながらも向き直る小龍に対し、手になにやら大切そうにファイルを持ったキャスリン・アダムス女史は彼の斜め前の席に座った。
「丁度貴方がエウロプから戻ってまたすぐにテラに向かった頃かしら。…高度な司法取引の賜って奴ね」
アダムス女史は少し皮肉に笑って見せてから、何も聞いていないの、と言いたげな表情を浮かべる。先ほどの意味ありげな楊香の態度の理由はこれだったのか。小龍は内心舌打ちをしたが、今更言ってみても仕方がない。
「…いえ…しかし博士、まさかあの時の思い出話をするために小官を呼び出した訳では…」
「まさか。テラからの申し送りがあったの。貴方が急に出発したから、言い忘れたんだそうよ」
言いながら女史は、手にしていたファイルを差し出す。小龍はそれを受け取ると、小龍はざっと目を通した。どうやらあの一件の後Jが『消した』という彼の『第二の人格』に関する物らしい。
「読んでもらえれば解ると思うけれど、プログラムを消したことによって生じた容量の空きにシステムが慣れるまで、少し不具合が生じるかも知れないから、あまり支障をきたすようだったらすぐに連絡が欲しいとのことよ」
そうですか、と納得しファイルを閉じかけて、ふと小龍の手が止まる。そして改めて、彼は自分の目の前に座る女性を見つめた。
「…あの…博士…。では、小官のことは…」
戸惑い気味の小龍の言葉に、初めて女史の顔から微笑が消えた。そして、何処を見ると出もなく視線を小龍からはずし、室内へと彷徨わせた。
「…ごめんなさい。知っていれば、あんなひどいことは言わなかったのに…」
「…は?」
その言葉の真意が理解できず、小龍は思わず首を傾げる。再びこちらを見つめる女史の顔には、泣き笑いのような表情が浮かんでいた。
「普通の『ヒト』でさえ、例え双子や兄弟であっても、似ていると言われれば嫌な思いをするものよね。それなのに…」
思わず小龍は返答に詰まる。俯く目の前の女性になんと声をかけて良いか解らない。重苦しい沈黙が、室内に流れる。だが、それをうち破ったのは女史の方だった。
「でも…でも貴方は貴方以外の何者でもないわ。外見は確かにエドに似ているかも知れないけれど」
思いもかけない言葉に小龍は数度瞬きする。その小龍の視線から逃れるかのように、女史はおもむろに立ち上がった。
「私は、ずっと逃げていたんだけれど…これだけはどうしても伝えておきたくて。…ごめんなさいね、忙しいのに呼び出して…」

「…ずっといたのか?」
部屋を出るなり、意味ありげな笑みを浮かべる楊香の姿を認め、小龍は不機嫌そうに言い放ちその前を通り過ぎた。全く表情を崩すことなく、彼女はその後を追う。
「知っていたのか」
良い趣味をしているな、と言わんばかりの小龍に、楊香は笑顔で答える。
「とか言いながら、何だかすっきりした顔してるじゃない」
内心を見透かされたかのような錯覚にとらわれ、小龍は思わず視線を逸らす。その様子に楊香はくすくすと笑った。
「良かった。どうもあの一件以来落ち込んでたみたいだから。ようやく吹っ切れたみたい」
何もかもお見通しという訳か。気づかれないように小龍は溜息をつく。
「…かなわないな…」
「え?何か言った?」
「いや、何でもない」
言いながら小龍は歩みを早める。
自分の居場所は、ここにしかない。どんなに足掻いてみたところで、ここでしか自分は生きられない。けれど、それは『あの人』のコピーとしての『生』ではなく、自分自身としての…巧く分析することは出来ないが、恐らくそんなところだろう。
おかしなことに、それを知らせてくれたのは他でもない、自分が半ば忌み嫌っていた『生みの親』達だった。そして、もっとも近しい『姉』だった。
いつしか、小龍の顔には珍しく苦笑が浮かんでいる。そんな彼を、楊香は不思議そうに見つめていた。

 

〜after the AGAIN(in LUNA)〜 end

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