act6

 

その小さなオフィスは、ひっきりなしに人が出入りし、健全な活気に溢れていた。お世辞にも立派とは言い難いビルの中に、その恒星間通信社マルス支部はあった。
「遠くからようこそ。少々散らかってますが、ま、適当に座ってください」
受話器を片手に、資料やディスクの谷間からひょっこり顔を出した、マルス支部長 カスパー=クレオは人の良い笑顔を浮かべつつ、テラからの客人を迎えた。果たして指し示されたソファーも支部長の机と大差無い状況であったため、客人たちは 思わず顔を見合わせていた。
受話器を置くと同時にけたたましく電話が鳴り支部長は 再び客人そっちのけで何やら早口で話し始めた。慌ただしい場所ではあったが、先ほど 尋ねたMカンパニーよりもはるかに人間的な環境ではないか、と客人は等しく内心思った。
「いやあ、失礼失礼。なにぶん人手が足りないもので…と、お掛けに…」
とりあえず受話器を置き、支部長は始めてそこに有るものがかつてソファーであった 「物置」であることに気がついたのだった。

「申し訳ない。細かいことを気にするなと言うのが、ウチのモットーなんで」
小ぢんまりとした喫茶店の中に、支部長の豪快な笑い声が響いた。その場にいる客達も 慣れたもので、こちらを気にしている様子はまったく無い。 テーブルの上には、コーヒーが3つ。うち手がつけられているのは1つだけである。
「で、いったいどんな用件で?」
本題に入ったところで、初めてアンドル=ブラウンは無言でIDカード(無論作戦用) を示した。
「なるほど、その件ですか」
飲み込み早く、支部長の顔から笑みが消え、『報道者』としての厳しい表情が現れた。
「あれは、うちでなければ書けないものですから」
マルスの有力企業にはあらかたMカンパニー資本が入っているからと言う支部長に対し、 テラからの客人はもっともだと言うようにうなずいた。
「正直、こちらも貴社の報道で始めて知った次第です。恥ずかしながら」
組んだ足を崩しながら、デイヴィット=ローが言った。意味ありげな笑みを浮かべながら、 支部長はコーヒーを口に運ぶ。
「当然ですよ。惑連マルス支部は、特定の個人企業に対しては、ザルも同然なんですから」
思いもかけない支部長の言葉に客人達は絶句するほか無かった。
「天下りってヤツですよ。いずれも数年の短期間だが、おかげで惑連関係の入札はほぼ93パーセントMカンパニー資本がとってますよ」
すっかり冷めてしまったコーヒーを一気に飲み干して、クレオ支部長は吐き捨てるように言い放った。その様子を、デイヴィット=ローはカップ片手に興味深げに眺めている。
「おまけにMカンパニーは主な報道をすべてカネで押さえやがった。寄らばなんとやらでマルスの世論はMカンパニーの手の内ですよ。困ったことに」
「心中、お察しします。しかしなぜ、あの件を捕まれたのです?」
無機質ともいえるアンドル=ブラウンの落ち着いた声は高ぶっていたクレオ支部長をわずかに引き戻したようだった。頭を冷やすようにお絞りで顔をぬぐってから、支部長はゆっくりと話し始めた。
「いや…つかんだというのは正確ではないですが…。私は彼女の知り合いだから救いたいだけです」
そして、ふと思い出したように支部長は周囲を見回してから突然語調を変えた。
「お二方、宇宙軍情報部の特務というのをご存知ですか?」
思いもかけない展開に一瞬デイヴィットの表情が強張った。意図的か『システム』の違いか隣に座るアンドルには何ら変化は見られない。別段どうということもなく、彼は答えた。
「特に危険な任務に就く特殊な部隊のことですが、それが何か?」
「いや…その、彼女はその特務と関わりがあるんですよ」
「…は?」
あまりにも間の抜けたデイヴィットの声が喫茶店の中に響いた。慌てて口をつぐんでからデイヴィットは少し小さくなり、恐る恐る隣の人物に目をやった。アンドルはわずかに首をかしげ、改めて支部長に向き直った。
「彼女は待ち人がいる、と言いましたが、関連でも?」
「待ち人、と言いましたか、あの子は…」
「正確には『ヒト』ではないでしょうが」
アンドルの言葉に支部長は煙草に火をつける手を止めた。まったく感情の動きを感じられない双眸が、支部長を見つめている。一つため息を吐いて、支部長は呟くように言った。
「Mカンパニーは今回の件で特務が出てくるのを待っていたんですよ。ある技術開発のためにね」
「つまり彼女ははめられた、と?」
身を乗り出さんばかりのデイヴィットに、支部長は嬉しそうにうなずいた。さらにデイヴィットは支部長に詰め寄る。
「じゃあ待ち人がこなかったら?彼女はどうなるんです!?」
「用済み、ですか」冷たい氷のようなアンドルの声がその場に投げかけられた。先刻から微動だにせず彼は両者のやり取りを同じ姿勢を保ったまま眺めていたようだ。
「そう…ですね。残念ながらこのままでは」
落ち込んだような支部長に、アンドルはいつになく強い語調で行った。
「彼女を殺させはしない。…我々が」
その言葉に、支部長は目の前の客人をまじまじと見つめていた。

 

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