エピローグ

 

「突然呼び出してすみません。お忙しかったでしょう?」
本当に申し訳なさそうに言う目の前の青年に、クレアは笑顔で答えた。
「いいえ、全然。ようやく一段落ついたところで…何かあったんですか」
青年はしばらく言いよどんでいたが、ようやく決心が付いたのか大きく深呼吸してから切り出した。
「急な話なんですが、今日いっぱいでこちらの任を解かれることになりました。明日一番の便でテラに戻ります。それをお伝えしようと思って」
驚きの表情を浮かべるクレアに、青年は困ったように言葉を継いだ。
「お伝えしようか迷ったんですが…今回はケースがケースな物で…あの、大丈夫ですか?」
「え、ええ…お二人には本当にお世話になりました。何だか…」
寂しげに呟くクレアから、青年は視線を逸らした。だが延々と続きそうな沈黙に耐えられなくなったのか、慌てて付け足した。
「何と言っていいかわかりませんが、その、安心してください。今回の件を知るのは、少なくともこのマルス上にはいなくなるわけで、ええと…」
「お陰様で以前と変わらずにやってます。でも、知ってしまった事実は消えません」
再び両者の間に沈黙が流れた。このわずかな間に、彼女の身に起きた出来事を思えば、当然のことだろう。
「でも、貴女は間違いなく『ヒト』です。人間として生まれてた事実があって、家族もいる。自分たちとは違って」
予想外の青年の言葉に、クレアは思わず顔を上げた。いつになく真剣な表情を浮かべた青年が視界の中に入ってきた。
「自分たちがどんなに笑おうが泣こうが、それは与えられた0と1の情報の集合以上の何者でもありません。ヒトらしく振る舞うことはできても、人にはなれない。それが自分たちです。でも貴女は違う」
こらえきれなくなった涙が、クレアの目からこぼれた。それを見て慌てる青年に、クレアは慌てて笑顔を見せた。
「ごめんなさい…お二人とも、私のこと心配してくださってるのに、私って」
「気になさらないでください。当然のこと…普通ならあり得ないことなんですから…」
それから青年は、万一今回のことでまだ不利益を受けるようであったら速やかに知らせて欲しい、と付け足し、一枚のメモを手渡した。
「これは惑連の最高機密ですから、決して他に知られないようにしてください。特に支部長さんみたいな方には」
冗談めかして言う青年に対し、クレアは笑った。心から笑ったのは何年ぶりだろう、と思いながら。そして、ふと思い出したように切り出した。
「そう…前、少佐さんを見送った時、渡しそびれてしまったんです」
彼女が鞄から取り出したのは、何の変哲もない封筒だった。お礼状です、とほほえみながら言うと、クレアはそれを青年に手渡した。
「たぶん無駄なことかもしれませんが、今度お会いする機会があったら渡していただけませんか」
クレアの言葉が何を意味しているのか、青年は痛いほど知っていた。だが彼はそれをクレアから受け取ると、大切そうにポケット中へしまい込んだ。
「わかりました。次に少佐殿が『起きる』ときには、必ず」
そういうと、青年は少しはにかみながら敬礼をすると、お元気で、といい残し背を向けた。

マルスで起きた事件は、この日を持って記録上すべて終わった。

 

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