『夜明けの詩 月夜の涙』
 

第四章 『会談』

単身室内へ迎えられた女侯は、バルとホセに軽く会釈を向けてから真っ直ぐにカルロスの元に歩み寄った。先ほどとは異なる平服姿ではあったが、威厳を損ねることはなかった。やはりこの人は生まれながらの後続なのだ、と、思わずにはいられない。当惑するカルロスとは対照的に、女侯は跪き、完璧な所作で王族に対する礼を取った。
「…サヴォのなしたる行為、この場にて陛下に代わりお詫び申し上げます」
思いもかけない女侯の言葉に顔を見合わせるバルとホセに対し、カルロスは寂しげに微笑むと、いつもと変わらぬ穏やかな声で答えた。
「…お手をお上げください。侯がそのようにされては、年少者の私はどうしようもない無礼者になってしまいます」
「…太子殿…?」
顔を上げ、戸惑ったように2 、3 度 瞬く女侯に、カルロスは苦笑まじりに言った。
「私は、ただのパロマ侯です。…まだ立太子はされておりませんので…」
驚きの表情を浮かべるバルに、ホセは小さく頷いてみせた。

テーブルの上には4 つのカップがおかれ、それぞれから暖かな湯気が立ちのぼっている。そして各々の前には、亡国の王子とその従者、そして侵略者たるサヴォの王室の一員と、偶然その場に居合わせてしまった自称『善良な一般人』が腰を下ろしていた。
最初、ホセとバルは辞去を申し出たものの、何故かカルロスが強く望んだため、同席することとなった。対照的に何処か居心地が悪そうにしているバルに、女侯は笑いかけた。
「先刻、無断で立ち入ってしまった。…室内を少々荒らしてしまったようじゃ。申し訳ない」
声をかけられた側は恐縮することもなく、だが僅かに姿勢を正し無言のまま首を横に振った。そのバルの様子に、室内は笑いに包まれたが、だしにされたほうは不貞腐れたようにそっぽを向いた。再びバルに笑いかけてから、女侯は改めてカルロスに向き直った。
「しかし、よく無事にこの地まで辿り着かれた。侯は良い臣をお持ちじゃ」
「はい。今の私があるのも、皆が助けてくれたお蔭でしょう。ともすれば今頃、野辺に屍を晒していたかと思います」
言葉こそ穏やかだが、その心中には計り知れない思いがあるのだろう。僅かにカルロスの目に光るものがあった。ある意味、どんな勇将よりも、自らの弱さを隠すことなくあらわにできるカルロスは、計り知れない強さを持っているのかも知れない。ふと、そんなことを考えていたバルを現実に引き戻したのは、何気ない女侯の一言だった。
「されど、何故このような地に?街道こそサヴォの兵が溢れているものの、プロイスヴェメへの道は、探せば幾らでも安全な道はあろうに…」
当然といえば当然の疑問だった。何より、バルが強く感じていながら口にできなかった疑問の一つだった。落ち延びていくのにわざわざ適地に近いアプル山脈よりの道を辿る意味はあるのか。確かに森に身を潜めることはできるだろうが、夕闇と同時に何が襲いかかるか解らない。何か深い意味が有るのを裏付けるように、一瞬、カルロスの顔に緊張が走った。
「ある方にお会いせよとの、陛下のご遺言がありました。そのため、殿下におかれましては、アプル山脈を目指されたのです」
咄嗟にホセが助け船を出す。女侯は暫し首をかしげ思案していたようであったが、やがて納得したように大きく頷いた。一方全く話の見えないバルは、本来で有れば雲上人であるはずの三人の顔を、無言のまま見つめていた。
「それで…お会いできたのか?」
再びの問いに、カルロスは曖昧に微笑を浮かべるだけだった。
「…その方が、どこにおられるか、詳しいことを何一つ、陛下には伺っておりませんでした。もちろん会ったこともございません。おそらくこの辺りにおられるだろうとは思っておりましたが…子細は理解したつもりです」
その曖昧な微笑から返された答えも、曖昧な物だった。女侯はしばし、カルロスを無言で見つめていたが、一つ溜め息をつくと、これまた謎かけのような言葉を口にした。
「…そう、真実とは常に、身近な所にある物。それを忘れなければ、道を誤ることは無かろう…」
首を傾げるバルとホセとは対照的に、カルロスは当を得たように大きく頷いていた。

帰り際、女侯は自領に逃れてきたフエナシエラの民は丁重に保護している、と告げ、同じく保護した負傷兵も傷が癒えた後カルロスに合流を望むので有ればそれを妨げない、と付け加えた。
「…確かに、あの方には、かなわないな…」
整然と撤退していくサヴォ軍と女侯を見やりながら、カルロスは小さく呟いていた。

第四章『会談』完
次へ
戻る
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送