『夜明けの詩 月夜の涙』
 

第五章 『疑問』

カルロスとホセが村に落ち着き、一週間が過ぎようとしていた。心配されたカルロスの怪我も悪化することもなく、順調に快方に向かっている。また、女侯の本国への影響のせいか、追っ手がかけられるような気配もない。
こう平穏な日々が続くと、あの逃避行が嘘のようだ。暖かい日差しを浴びながら、ホセは大きく伸びをした。その姿に村人は気さくに声をかける。
けれど、彼は単に散歩をしているわけではない。亡きカルロス四世の『遺言』に従い、カルロスが探し求める『ある人』の手がかりを拾い集めているのだ。都合三日、いろいろ歩き回ってはいる物の、まだホセは目指す目標にたどり着けずにいた。
ふと、ホセは前方を見上げた。村全体を見下ろす小高い丘の上に、ぽつりと建つ家。それは彼らが厄介になっている所でもある。
妙だ。この風景を見やる度、ホセはこの思いを強くしていた。
確かに、貴族らの住む城や宮殿に比べれば、小さな小屋に過ぎない。だが、村に立ち並ぶ家との違いは、一目瞭然である。自ら『余所者』と言って憚らないバルが、この『立派な』家に一人住むのは、破格の待遇なのか、それとも疎まれているからなのか。
むくむくと大きくなっていく疑問を抱えたまま、ホセは柱だけが残る門を通りすぎた。

家の中にバルの姿はなかった。
カルロスは只一人、何をするでもなく窓から外の様子を見つめていた。
「お加減はよろしいのですか?殿下」
不安げに歩み寄るホセに、いい加減動かないと根っこが生えてしまう、と言ってカルロスは笑って見せた。
「バルは買い出しに行ってる。下の街で、定期市が立っているらしい」
そういえば、森の中で初めて会ったときも、そんなことを言っていたような気がする。僅か一週間前のことなのに、もうずいぶんと昔なような気がする。ふと、深い思考の谷間に陥りかけたホセを、カルロスの視線が現実へと引き戻した。
「あ、申し訳ありません。今日は長老から話を伺うことができました」
無言で頷き、座るよう促すカルロスに従い、手近な椅子に腰を降ろして一息つくと、ホセは話を切りだした。
「確かに、侯はしばしば、こちらに見えられたそうです。村人とも隔てなく付き合われるような方で、あのような型破りな、けれど立派な方は見たことはない、と」
「で…、フエナアプル侯は、今、どちらに?」
核心に触れ、僅かに身を乗り出すカルロスに、ホセは目を伏せ、首を横に振った。
「残念ながら…。今までの答えと同じです。ある時、国境の視察に出られた以来、こちらには立ち寄られることは無くなったそうです」
「しかし…、それならばどうして配下の物が届け出ない?中央にはロドルフォ殿が亡くなられたなんて知らせは全く…」
不意にカルロスの言葉は中断した。不審に思ったホセが振り向くと、そこには他でもない、この家の主が荷物と共に佇んでいた。
「…悪い。取り込み中か。じゃ、外した方がいいな」
苦笑を浮かべながらその場を離れようとするバルを、カルロスは神妙な面もちで呼び止めた。
「いや、良いんだ。…丁度良い機会だから、バルにも話しておくよ」
「けど…」
戸惑うバルに、カルロスは珍しく有無を言わせなかった。珍しく遠慮がちにしているバルと、厳しい表情を浮かべているホセを交互に見やりながら、カルロスは静かな口調で言った。
「私が探しているのは、フェナアプル侯…この地の領主で、陛下の異母兄に当たられる方…ロドルフォ殿なんだ」
「この間、女侯に言ってた『遺言』の人か?けど、俺はここにずいぶんと居るけれど、領主の話なんて聞いたことが無いぜ」
腕組みしながら壁に寄りかかり、バルは鹿爪らしい表情を浮かべてみせる。僅かに首を傾げ、村長は居るけれど、領主なんて初耳だ、そういわんばかりにカルロスを見つめた。
「第一、王様の兄貴ってことは、あんたと同じ王子様なんだろ?それがなんでこんな山間の貧しい所を治めてるんだよ?それに…普通は兄貴の方が、偉いんじゃないのか?」
当然とも言えるバルの疑問に戻ってきたのは、何とも奇妙なカルロスの言葉だった。
「陛下も、ロドルフォ殿も…フエナシエラの名に取り憑かれておられた…。そして、おそらく、私も…」

 

第五章『疑問』完
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