『夜明けの詩 月夜の涙』
 

急章 『夢の顛末』

静まり返る王家の墓地。木漏れ日の中、まだ新しい墓の前に、一人の女性が佇んでいた。
端正な、やや鋭い印象を与える顔は、厳しい表情を浮かべたまま銘のないその墓石を無言で見据えている。
どれくらいの時間が経っただろうか。彼女は意を決した課のように唇をきつく結ぶと、腰の剣に手をかけた。抜き身の白刃が光を受けてきらきらと光る。その剣をしばらく見つめてから、鋭利な刃を自らの首筋へ突き立てようとした、まさにその時だった。
「いけません!ベアトリス様!!」
悲痛な絶叫。
そして、突然の乱入者は今まさに彼女の血を吸おうとしていた剣をその手からたたき落とした。乾いた音が墓地の中に響く。それとほぼ同時に、彼女は力無く膝をついた。それまでの緊張がとぎれたのか、青ざめた頬を涙が伝い落ちる。困惑したように立ちつくす乱入者に、ベアトリスは力無く言った。
「…何故…何故止める…?」
「…ベアトリス様…」
不安げに近寄り、跪く乱入者。だが、ベアトリスは突然、その胸ぐらを掴み、激しく揺さぶった。
「どうして?どうして主の元に…フェルナンド様のお側に行かせてくれない?私に生き恥を晒せと言うのか?!」
抑えきれない感情のままにベアトリスは泣き叫ぶ。ようやくその手から逃れた乱入者は、乱れた黒い髪を背中にはねのけると、呼吸を整え、低く呟いた。
「生き恥を晒しているのは、私も一緒です…」
未だ涙で濡れた瞳を大きく見開き、ベアトリスは乱入者を見る。見られる方は沈痛な面もちのまま、その視線から逃れるように、白い墓石を見つめた。
「…ホセ…?」
戸惑ったようにベアトリスは呼びかける。だが、彼にはその声は届いてはいないようだった。
「…私も…主を…殿下をお守りできなかった…それどころか、恩人であるフェルナンド様までも…」
うなだれるその顔は、癖のない長い黒髪に覆い隠され、その表情を伺い知ることは出来ない。だが、涙声ながらもはっきりと、彼は言い切った。
「ですが、殿下は私たちに生きて欲しいと願った…。もう誰も、傷ついて欲しくないと願った…。せめて…せめて殿下の最後のご命令を、果たさせて下さいませんか…」
「…ホセ…」

木漏れ日が、二人を、そして銘のない墓石を、暖かく包んでいた…。

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