AGAINsideA
act2

 

そこはカフェ、などとご大層な呼び方で通ってはいたが、その実態は何のことはない、格安の職員食堂と大差はなかった。
もう一つ下の階まで行けば、一般も入場できる少し洒落た店もあるのだが、何処から話が漏れるか定かではない。その点こちらは部内者しか出入りできない為、余程のことがないかぎり、話が漏れることはないだろう。
「あの…本当に、あの時は、お世話になりました」
不意に改まった声をクレアからかけられてデイヴィットはいきなり現実へと引き戻された。沈黙が急に空恐ろしくなり、彼は慌てて言葉を継いだ。
「そんな…それより、お元気そうで良かった。でも、どうしてここまで?」
当然といえば当然のことだ。現に、クレアの身分証にはマルス支局、と記入されており、テラ特配員とはなっていない。
「実は、無理を言って、支部長さんに着いてきたんです」
「え?」
ではやはり、歩く好奇心の固まりであるカスパー=クレオ氏もこちらに来ているのか。懐かしさを感じると同時に、デイヴィットは頭を抱えたい気分だった。どうやら自分も、完全にあの一件から立ち直ってはいないらしい。
「テラで一波瀾あるかもしれないってどうしても自分で行くと言い張っていたんです。とても嬉しそうだったんですけど、少し、心配で」
確かに、惑連取材にあの支部長一人では、何が起こるか分からない。いや、何も起こらなければ何かを起こしかねないといっても過言ではない。クレアの選択は正しいと言える。しかし。
「でも、何でわざわさ?支部長のクラスの人が出向いてくるんです…あ、」
あることを思い出し、ぽん、とデイヴィットは膝を打った。そう、惑連では今、とある計画の実用化で上を下への大騒ぎになっていたのだ。
「ええ。T−S計画の件で…この間、正式に倫理委員会を通過したんですよね」
「…だいぶ、記者らしくなってきましたね…」
その手には乗りません、鹿爪らしい表情を作ってみせてからふと、デイヴィット視線を彷徨わせた。
『トイ・ソルジャー計画』。マルスから戻って以来、何かと彼の周囲にこの言葉が付きまとっていた。要は、危険なことはすべて、人間以外のロボットの様なものにやらせてしまおう、そういう事なのだ。
「だからといって、わざわざご自分から辛いことを思い出すようなことをされなくても…」
デイヴィットの言葉に、クレアは首を横に振り、顔を伏せた。
「でも、どうしてももう一度、お礼とお詫びが言いたくて…」
「お気持ちは有り難いんですが…」
状況は、自分たちにとっては何ら変わっていない。そうデイヴィットはクレアに告げた。
「くどいようですが、自分たちは公には存在しない『モノ』なんです。だから、何もそこまで改まって頂かなくても良いんですよ」
言ってしまってから、デイヴィットは慌てて周囲を見回した。見えない支部長に対する警戒感が働いたようだ。
「でも、いいタイミングでした。丁度この間、ルナから戻ったばかりで。今、偶然こっちの勤務に付いているんです」
 一端言葉を切ってから、実は、と改めてデイヴィットは切り出した。
「少佐殿ですが…あれから起動…と、任務に付いていないのようで、まだ会えていないんです。なので、例の物はまだ…」
一瞬、クレアの顔に意外そうな表情が浮かんだ。だが、すぐに納得したようにそれを納めると、急ぐことではないから、と言って笑った。だが、言葉にならない想いを、デイヴィットはいたいほど感じていた。
そんな彼の心中を思ってか、クレアはふと、話題を変えた。
「実は…それ以外に少し、ご相談したいことがあって…」
「…相談、ですか?自分にできることでしょうか?」
突然のことに彼は姿勢を正した。おそらく『支部長さんが心配』と言う口実の裏にある本音は、これだったのか。だが、テラにまで彼女を来させるまでの出来事とはどういうことなのだろう。デイヴィットは不謹慎だと思いながらも、僅かに興味を抱いていた。
「この向こうに、真っ白な建物が、ありますよね?」
不意にクレアが指さす方向を見やり、デイヴィットは一瞬ギクリとした。
たしかにそちらには、彼らが『生まれ』、事実上彼らの本拠地となっている建物が、確かに存在した。通称は『白亜の迷宮』。外壁も内壁も、廊下さえも真っ白に統一された、一見不気味な建物である。
「急に思い出したんです。昔、そこに、私はいたんです。殆ど顔を見せない父を、一人で待っていると、決まって、気をつかって下さる方がいて…何時も豪快に笑っているような…そんな楽しい方でした」
Jかもしれない。確証はない。だが、何故かデイヴィットは確信した。確かにこんな相談は、親代わりといえどもカスパー氏にはできる物ではない。けれどそれを顔に出さないように彼は一つ頷いた。
「あと、もう一人…口数は少ない方だったけれど、やはり研究員の方がいらっしゃって…いつもお忙しいのに遊んでくださったのを、急に思い出して…でも、夢なのか、現実なのか、自分でもはっきり解らなくて…」
はて、と、デイヴィットは首を傾げる。そちらの方にはどうも心当たりはない。けれど初期の開発メンバーならば、粗方Jに聞けは消息ははっきりするはずだ。
それにしても失敗した。どうして一階のカフェテリアに行かなかったのだろう。あっちならまだ張本人がいたかもしれないのに。今更ながら彼は自分の選択を悔やんだ。
「どうか、しましたか?」
「いえ…、後の方のほうは分からないですが…一人は心当たりがあります。夢でも幻でも無いですよ」
おそらくそれは、情報局が使う記憶操作の薬品の効力が切れ始めた所為ではないか。そう付け加えてから、もしかしたら今ならすぐ会えるかもしれない、デイヴィットはそう告げた。
「本当ですか?」
思わず立ち上がるクレアに、じゃあ、と言いかけたときだった。無機質な電子音が、No.21の脳裏に響いた。直通の、緊急命令である。
「まさか…」
彼が腰を浮かしかけた時だった。突然照明が僅かに落とされ、フロアは前触れもなく薄暗くなった。同時にけたたましいアラームが本部ビル全体に反響する。
「な…何ですか?」
戸惑うクレアに、デイヴィットは言った。
「非常事態です…何があったんだ…」
見回すうちにも、所々で重い音がする。各部署をブロックごとに区切る障壁が降りているのだ。これは只事ではない。ともかく、これでは行くことも戻ることもできない。そんなデイヴィットに与えられた『特務』としての命令は、ごく簡潔なものだった。
「…その場で通常任務を果たせ、か…」
しかし、何の説明もない分、逆に不気味である。だが一般の回線を通さず、直接彼自身に送られてきた命令は何よりも優先する。取り敢えずは…。
「大丈夫です。自分が貴女を守ります…少佐殿には遠く及びませんが」
 茶化して言うデイヴィットに、クレアは笑いながら頷いた。

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