AGAINsideA
act3

 

「一口に非常事態と言っても、何段階かに分けられているんですが」
 相変わらず薄暗いカフェに、デイヴィットの声だけが響く。『現状の説明』をしているわけではあるが、その
内容ははっきり言って惑連の一級機密に触れる。
だが、この際仕方がないだろう。開き直りにも似た心境と、また、彼女なら信頼に値する、という確信が彼にはあった。
「電力及び動力のセーブと、ブロック毎の隔壁作動、という点から察するに、今回のは一級非常事態です。通常時のコントロールは完全に無視され、セキュリティシステム網が現在、全館を管轄している状態です」
「その…具体的に言うと、どんなときにそうなるんですか?」
 疎くてすみませんとクレアは頭を下げる。無理もない。一般人がそんな事に詳しいはずがない。
さて、どの程度かみ砕いたら良いか。しばらく思案してから、デイヴィットは再び口を開いた。
「つまり、その…危険因子を隔離して、他の場所に飛び火しないようにする、ということです。例えば、それこそ内部で大規模火災が発生したとか…」
 けれど、余程のことが無いかぎり、火災程度ではこれほどまでにはならないはずだ。何よりこの建物では、一部の喫煙所を除いて火の気はない。
火災に伴っての有毒ガス発生に対応するための酸素マスクのシステムが作動していないこともあり、火災の線は捨てても良さそうだ。
「何処かに爆発物が仕掛けられたとか、も、それに入ります?」
 なかなかクレアは呑み込みが早い。火災よりはそちらの方が可能性がありそうだ。
「…最も重点的に隔離されているところが分かれば、多少は原因が掴めるかもしれません。…ちょっと待ってください」
 早速、デイヴィットは彼らを統括する『特務』のメインシステムにアクセスを試みた。しかし。
「どうか、しましたか?」
「変だな…返事がない…?」
 嫌な予感がした。虫の知らせ、胸騒ぎがする、と言うのは正にこういう状況を言うのだろう。先程の素っ気ない指令というのも、妙に引っ掛かる。
障壁によって回線が混乱しているのだろうか。いや、水銀ドーム内に閉じ込められたならばまだしも、防火・防弾障壁程度で混乱するシステムではない。
「…訓練、と言うことは…無かったよな…」
 念のため、デイヴィットはここ数日間の行事予定を反芻してみる。残念ながらそれに当たるような事例はない。
何よりそんなものに載っていたら訓練にならないじゃないか。何より自分自身が一番混乱しているらしい。
取り敢えず落ちつくため、デイヴィットは卓上の水を一気に飲み干した。
「…支部長さん、心配してるな…」
「え、出てること、お伝えしてないんですか?」
 驚いたように聞き返すデイヴィットに、クレアは申し訳なさそうに頷いた。聞けば、こちらの古い知り合いに
会うとかで、外出中だったという。
「電話も置いてきちゃったし…あ、でも、これじゃ使えないですよね…」
 テーブルに添えられたクレアの手が、僅かに震えている。無理もない。けれど、それとは裏腹に、クレアは少し笑ってみせた
「でも、本当に、一人じゃなくて良かった。プレス室にいても、たぶん皆さん、出払っているだろうし」
 頷いて同意の意を示してから、さて、と、デイヴィットは周囲を見回した。『緊急事態』が起きた状況によって、隔壁の閉まり方も違うはずだ。確認したいのは山々だが…。
「動かないほうが、いいですね。何が起きているか分からない以上」
「でも、中尉さん、戻られなくて大丈夫ですか?」
「自分は、現在面会人の貴女に会うために、席を外していることは認証されてますし…」
 クレアの尤もな疑問にデイヴィットは片目をつぶってみせた。
「何より、『惑連職員』として、居合わせた一般の方をお守りするのは、当然の任務です」
 生真面目な表情でこう言ってから、デイヴィットは破顔した。つられてクレアも笑いだす。
「ごめんなさい…いつも…助けられてばっかり…」
「自分たちは『モノ』ですと、先ほども言ったでしょう?」
 これは、少佐殿の受け売りですが、そう言って笑ってみせつつも、彼の内心は複雑だった。けれど。今はこの事態をどうにかしなければ。デイヴィットは燻りつづけていた思いを無理やり払い落とした。
「状況によっては一部通常システムが復旧する時間です。何か説明があるかもしれない。待ちましょう」

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