AGAINsideA
act7

「…何だったんでしょう…」
周囲を見回しながらクレアは呟く。情けなくも首を横に振りながらデイヴィットも周囲を伺う。すでにそれまで傍らにいた主任研究員の姿は、そこにはなかった。
「すみません、結局何のお役にも立てなくて」
「いえ…とても心強かったです。いて下さってありがとうございました」
そうこうするうちに、あちらこちらに取り残されていた職員達が三々五々集まってくる。いずれも口々に文句を言ってはいるが、確信にふれた物はどうやらなさそうだ。とりあえずプレスルームへと戻る道すがら、二人を呼び止める者がいた。
「クレアちゃん、カスパーが探してたよ。今迷宮の入り口に張ってるから、顔を見せに行くといい」
そういい残すと、やはり彼も何かを掴みに行くのか、足早に去っていった。
「…あちらは会見場方面ですね…」
「あの…中尉さん?」
遠慮がちにこちらを見上げるクレアに、デイヴィットは少し間をおいてから点頭した。俗に言う『気の進まない』状況というのは、こういう状況なのか、と『思い』ながら。

記者のカン、という者は、本当に存在するのだろうか。何の公式発表もされていないにも関わらず、研究練前には数十名に上るプレス関係者が手持ち無沙汰にたむろしていた。その居並ぶ記者達の中から目指す目標を発見し、クレアは駆け寄る。
「やあ、どうした?大丈夫だったか?」
そう言うカスパー=クレオの目は笑ってはいない。すでに事件をかぎつけた記者の目である。
「上物が何ともないところを見ると、地下か…、と、こちらは?」
少し離れたところに、遠慮がちに立っていたデイヴィットを目敏く見つけ、カスパーはまじまじと見つめる。返答に窮している様子を見かねて、クレアはあわてて助け船を出した。
「取り残されていたときに助けて下さったんです。親切にもここまで案内して下さって」
「それはそれは…うちの職員がお世話になりました」
頭を下げたところでふとカスパーの動きが止まる。胸の職員証を一瞥すると、彼はクレアに耳打ちした。
「…よくやった。情報部員なら、いいニュースソースになる」
「やめて下さい」
苦笑しながらも、クレアは複雑な思いに駆られた。本当にカスパーは何も覚えていないのだ。だが、そんな思いをよそに、当の本人は早速新たなカモに話しかけている。
「それにしても何事でしょうか?戻ってきたら中に入れない物だから…」
「それがさっぱり。自分は末端の一人ですから」
デイヴィットは努めて曖昧に答えた。あまり詳しく答えても墓穴を掘るだけだ。
やがて、いかにも不吉な印象を与える黒塗りの大型車が3台、目の前に止まった。色めき立つ人々が見守る中、研究練の正面玄関が開く。中から運ばれてきたのは、担架に乗せられ、厳重にくるまれた物体だった。
「…!!」
突然クレアがしがみついてくる。不審に思いデイヴィットがそちらに目をやると、そのうち一つから赤黒い液体がこぼれ落ち、地面を濡らしていた。
「これだけの犠牲者がでるとはねえ…一体何が有ったんだろう…」
再び水を向けられて、デイヴィットは勢いよく首を左右に振った。
「見ての通り、この建物は窓も殆どないですし…。仰るとおり地下で何かあったとしても、シェルター並の強度ですから、本部館からは何が起こっているかは、まず…」
「防火壁が降りる音は聞こえたけれど…他の音は全然」
口をそろえる二人にカスパーはやや不満気味だったが、どうやら納得はしてくれたようだった。そして、物体の搬出がすんだ正面玄関から、出てくる人影に、彼らは釘付けになった。
「…レディだ…」
どこからともなくざわめきが起きる。クレアの瞳が大きく見開かれる。そこに現れたのは、軍服姿の女性だった。だが、それは見慣れた宇宙軍の物とはわずかに異なっている。居並ぶ人々は、彼女が『何者』であるのか、知っているようだった。
「お集まりの皆様に報告いたします」
彼女は硝子色の瞳で一瞥してから、よく通る声で告げた。それまでのざわめきは嘘のように収まっている。
「02:35に地第27研究室において中規模の爆発事故が発生しました。現在原因の究明中です。なお、事故に伴う危険物質の流出の可能性は有りません」
追って正式発表が行われます、と頭を下げ下がろうとする彼女に、記者達は口々に言った。爆発とは本当なのか、もっと詳しい説明を要求する。そして、オーバーヒートしたそのうちの一人が掴みかかろうとした、その時だった。
「現在我々も総司令官及び議長の指示を待っている状況です。これ以上は申し上げられません」
有無を言わさぬ冷たい声が響く。
血染めの軍服をまとった男が、静かに歩み寄った。
「後ほど、広報部より正式に会見があります。それまでお待ち下さい」
待たなければどうなるか。男は無言でそれを匂わせているようでもあった。勢いをそがれた記者達は、すごすごと散らばっていく。その流れに逆らいながら、クレアは駆け寄ろうとする。だが、デイヴィットはその腕を取った。
「違います…あれは、貴女がご存じの少佐殿ではありません」
あらかた人波が退けると、男は女性を伴って建物の中へと消えていく。泣きそうになりながらも立ちつくすクレア。だがその刹那、男の視線がこちらに向けられた。
「…え?」
クレアは、そしてデイヴィットも、目を疑った。男は両者を認めると、わずかに会釈を返した。その顔には、クレアの知る、あの穏やかな笑みが浮かんでいた。
「…まさか…そんなことが…」
ぽろぽろと涙をこぼすクレアと、建物に消えた男とを交互に見やりながら、デイヴィットは何故か、いい知れない不安を感じていた。

 

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