ANOTHER LINKS〜the dolls〜 act1

薄暗く窓のない、ほぼ完全な密室にかれこれきっかり１０分、『彼』はいることを余儀なくされていた。
何をするでもなく周囲を見回してみても、目から得られる情報は、愛想の欠片すら感じられない白い壁と、冷たく閉ざされた出入り口の扉だけだった。
だが、その向こうでは隠しカメラや盗聴器などの陰湿な方法で、所謂お偉いさん達がこちらの様子をうかがっていることだろう。まるで牢獄にでも入った気分だ。入ったこともないその場所の単語がふと彼の『脳裏』に浮かんだ。いや、浮かんだ、というのは正しくない。視覚聴覚、あらゆる感覚から得られた情報を分析し、０と１とで導き出した結果なのである。
それにしても、と、『彼』は再び周囲を見回した。既に１５分が経過した。気の弱い『ヒト』であれば叫び出す奴もいるかもしれない。しかし、外見こそ完璧な『ヒト』ではあるが、彼はそう言った心配からはおおよそ無縁の存在だった。…最新の遺伝子工学を応用し、惑連が秘密裏に作り上げた人工生命体『doll』。彼はその２１番目の完成品だった。
現在、彼は正式に任務に就けるか否かの最終検査段階にかけられている。ここさえパスできれば彼は有事における絶対の権限を与えられ宇宙へと飛び立つことを許され、出来なければ即廃棄の道が待っている。
それからさらに５０分が過ぎた。さすがの彼も腰を浮かしかけたその時だった。目の前の扉が音もなく開く。
そこには一人の男が立っていた。三十代半ば。『彼』は男のが意見からそう判断した。判断が曖昧になったのは、その重要な決め手となる目とその周辺が、色の濃いサングラスによって完全に覆い隠されていたからである。これでは心中や感情の分析も難しい。
「君が０１２−０−０２１か」
前触れもなく『製造番号』で呼ばれ、『彼』は一瞬プログラムされた『不愉快な』表情を浮かべた。男の声はさほど大きくはなかったが、『彼』にそれだけの影響と、威圧を与えるには十分な物だった。それを確認するように男は僅かに笑みを浮かべると、再び口を開いた。
「…まずは合格だ。来たまえ。次の実務試験に入る」
本人の同意を確認することもなくくるりと背を向け歩み出す男の背に向かい、『彼』は慌てて呼びかけた。
「あの…失礼ですが、貴方は…」
『彼』の言葉に、男はようやく足を止め、肩越しに振り向いた。
「情報部所属エドワード＝スミス。階級は少佐だ。当面の所君の監督官兼試験官と言うことになる。ほかに質問は？」
「実務試験と仰いましたが？」
「フォボスで一波乱あった。詳しくは途中で説明する」
何とも取っつきにくい御仁だ。この先どうつきあっていこうか。彼は少々考えあぐねていた。

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