ANOTHER LINKS〜the dolls〜 act13

窓の外にはどこにでもある市街地の様子が広がっている。そんな中で彼らがつい昨日まで滞在していたホテルの跡地が、無惨な姿をさらしている。『ヒト』の目にはただの米粒にしか見えない人々の様子も、彼の能力を持ってすれば手に取るように見ることが出来る。しかし、彼のその能力を持ってしても遙か彼方にそびえ立つ紅リゾートのホテルの中までは見通すことが出来ない。その中途半端さに彼は思わず歯がみした。
「こうなった以上、焦っても仕方ないだろう?」
そんな彼の様子を察したのか、寝室からスミス少佐の声が聞こえてくる。だが、彼が焦る一因はこのスミス少佐の症状との戦いでもあるのだ。
「けれど…あまり応急処置でだましているわけにもいかないでしょう…自分が察するに、緊急に手術ないし移植が必要な状態に見えるのですが…」
「自分の状況は、自分が一番良くわかる」
素っ気ない言葉に、デイヴィットは深々と溜息をついた。だから心配しているんじゃないか。
「それよりも、君ならどうする?」
突然投げかけられた疑問に、デイヴィットは慌てて姿勢を正す。そして足早に寝室へと駆け込んだ。ベッドに横たわっていても、スミス少佐からは隙一つ感じることは出来ない。思えばこの人から完全に消えたのは、あの地下駐車場で眠っていたときだけだ。人間も訓練次第ではここまでになることが出来るのか。賞賛半分、呆れ半分で、デイヴィットは遠慮がちにベッドの端に腰を下ろした。
「どうする、とは?」
「君が首謀者なら人質をどうするか…」
言いながらスミスは賊が立てこもっている建物の見取り図を持ってくるよう促した。言われるままに彼はそれを取り、ベッドの上に広げる。持ってきた資料はすべて、ホテルと一緒に塵芥に帰してしまったため、スミスのために取り急ぎ緊急を要する資料だけ、テラからマルスを介さず直通の衛星通信で取り寄せたものだ。画像は粗いが、利用に堪えないと言うほどではない。
推定される建物はメイン施設とも言える診療棟。だがさすがリゾートに併設される病院だけあって、最上階には展望コーナーを備えた高級レストランまである代物だ。一階には高級ホテルのロビー並の待合室。そして各階には診察室と一般の入院施設(超豪華な特別室が、別館で併設されているようだ)。そして地下には問題の放射能治療施設。ホテルの建物からわざわざこちらに人質を移動させたのは、安易に手を出したらどうなるか、という無言の脅迫を含んでいるのだろう。
「取りあえずは一部屋に集めているとは思います」
「根拠は?」
サングラス越しに居るような視線を投げかけられて、デイヴィットは少し間をおいてから口を開いた。
鍵となってくるのは、敵の人数である。もし充分な人数がいれば、人質同士が徒党を組んで反乱を起こすのを防止するため、数人、或いは一人ずつ、病室に押し込めておけば事足りるが、それでは見張りの為兵力分散を余儀なくされる。
それならばいっそ人質を一カ所に集め、常に目が届くよう状態にして置いた方が都合も良いし、うまくいけば人質にもこちらの人数を多めに思わせることもでき、反乱を防止することにもなる。
今までの情報を分析するに、事件を起こしたのはM.I.B.の主流派ではなく、分派の一つであるらしいから、それほどの人数を要しているとは考えられない。それが彼の導き出した結論であった。しかし、確証はない。
「…もう少し近づければ熱反応を見ることが出来るんですが」
正直にデイヴィットが申告する間、スミスは微動だにせず聞き入っていた。サングラスの奥からあの鋭い視線を投げかけながら。
「フォボスの惑連はどうしている?」
感情のかけらすら感じられないスミスの声にデイヴィットは一瞬の間を置いてから答えた。
「M.I.B.との接触は見られません。立ち消えになったようですね」
蛇足とは知りつつも、彼は軍はホテルの捜索にかりだされ、紅リゾートには現在最小限しか配置されていない、と付け加えた。
「見事に話題の主役を持っていかれたという所でしょうか」
少々の皮肉を込めたデイヴィットの言葉にスミスは一つうなずいた。
「確かに恐怖というインパクトを与えるという狙いは外れたな。これではホテルの崩壊と一緒に記憶の果てに消えるのがオチだ。下手をすると…」
言いながらスミスは何ともない左手を顎に持っていく。
「自棄を起こした奴等が人質共々、と暴発しかねないな」
静かな言葉の端々に数々のプレッシャーを感じ取り、デイヴィットは僅かに肩をすくめた。そんな内心を知ってか知らずか、何気無い調子でスミスは言った。外の様子が見たいのだか、と。
閉口しながらデイヴィットは立ち上がり、窓を『可視モード』に切り替えた。それまですり硝子のようだった三方の窓が一瞬にして外の風景を写し出す。本来ならば眩いばかりの夜景が広がっている筈なのだが、一区画がぽっかりと抜け落ちたように暗くなっている。彼等が滞在し、そして崩壊したホテルの跡地周辺だ。恐らく崩壊と同時に区画の電気配線に異状をきたしたのだろう。
心無しか暗くなったセント・フォボスの街の向こうに紅リゾートの建物群が見える。フォボス駐留の惑連軍は殆ど行方不明者捜索に宛られている為、そして被害者に哀悼の意を表するために、ライトアップはされていない。巨大な建物群は、暗闇に浮かび上がる墓標に見える。が…。
「おや…」
窓際に立つデイヴィットの口から僅かに戸惑いの言葉がもれる。それに嘘のような鋭敏さでスミスは反応した。
「…何か?」
「ちょっと待ってください。あれは…」

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