ANOTHER LINKS〜the dolls〜 act14

メインの照明が落とされ、所々に非常灯が灯る薄暗い病院内。
その中でもさらに暗い手洗いの窓際で、大の男が何やら不穏な動きを見せている。
「何をしているんです?下手なことをすると奴らに目を付けられますよ?」
既に用を足していた別の一人が、小声で、だが鋭く窓際の男に話しかける。有無を言わさずホテルからこの病院内に押し込められ、お前達の足下には核物質があると脅され、こうして用足しに来るにも監視の目が光る重苦しい状況下で、一体何をやっているんだ、そう言わんばかりの口調だった。
だが、言われた側は我関せずと言う風に、手元の腕時計をいじっている。近寄った男は何事かとその手元をのぞき込み、呆れ返ったように閉口した。窓際に立つ男は腕時計の文字盤を外に向け、しきりに発光させているのである。
こんな僅かな光に、誰も気が付くはずがないだろう。そう言いたげな視線に、彼は片目をつぶって笑って見せた。
「そんな顔しなさんな。見る人が見れば結構解る物ですよ」
但し、厳密に言えば彼は生物学上の『ヒト』では無いかもしれませんけどね。続くその言葉はあまりにも低すぎて、出口に向かうもう一人の耳には届かなかった。外からはいつまでかかれば気が済むんだ、と苛立った見張りの声が響いてくる。
オープン前。そして一流リゾート併設と言うだけあって、手洗いと言ってもあの独特の薄暗さ、汚らわしさは感じられない。だからこそ見張りがキレるほど長時間こもっていても苦にはならない。彼は僅かではあるが、この幸運に感謝した。男は僅かに苦笑を浮かべながら時計を発行させるのを止め、じゃ、帰るとしましょうか、とおどけるように言った。
手洗いよりもほんの僅かに明るい程度の廊下を歩くこと暫し。まだ汚れ一つないテーブルと椅子によってバリケードが築かれた展望レストラン。窓という窓にはすべてブラインドが下げられており、そのむなしく広い空間のフォボス惑連駐留軍が展開する面の一角に彼らは集められていた。『人質の盾』と言うわけである。
「サボテンのお兄ちゃん、お帰り〜」
その不安げな人々の群から、数人の子どもが走り出してくる。親の都合で平日に学校を休まされ、不幸にも人質になってしまったわけだ。全く良い迷惑だろうに。その短い髪を立ち上げた髪型から子ども達に『サボテンのお兄ちゃん』と呼ばれるようになった男は内心柄にもなく同情しつつも笑いかけて、テロリスト達から不自然に見えないように窓際に腰を下ろし、後ろ手に腕を回し目隠しのブラインドの隙間に手首を滑り込ませた。
上手い具合に子ども達が彼の周囲を取り囲みながら座ってくれているお陰で、彼が何をしているのか監視者からは見えることはなかった。それを確認してから男は再び時計を発光させる。
口を開きかけた子どもに首を横に振って見せ、男は笑みを浮かべながら言った。
「お兄ちゃんは助けを呼んでいるんだ。だからお父さん達にも言っちゃ駄目だよ」
一見無邪気な、だがその本心は真っ黒な男の言葉に、子ども達は目を輝かせながら満面の笑みを浮かべて頷き合う。そしてこんな状況下でも思い思いに話し、じゃれ合う子ども達の姿を冷静な視線で貫いておいてから、彼は再び、来るとは知れない助けに向かって、僅かな信号を送り続けた。

「…光が見える?」
デイヴィットの言葉に、スミスは僅かにサングラスの向こうにあるその目を細めたようだった。そんなごく僅かな表情の変化から感じ取れた物は『疑問』。その二文字以外の他には何もなかった。だがデイヴィットの視覚が生物学上の『ヒト』を遙かに凌駕していることは疑いようのない事実であり、彼の目にかかれば普通の人間では捉えようのない僅かな瞬きさえも逃れられない。…つまり、人質の誰かが監視者に気付かれないすれすれの手段で助けを求めている、というのは充分にあり得ることだ。
「規則的な点滅を繰り返してます。ほんの僅かな光源なので、少佐殿の視覚では…普通の人間では認識不可能かと思います」
それを裏付けるかのようにデイヴィットの言葉が続く。スミスは無言のまま建物の見取り図を凝視している。が、ふと思いついたように口を開いた。
「それは一体、どの当たりに見えた?」
「え…と、こちら側が北ですよね、そうすると…」
少し考えるように間をおいてデイヴィットはその一転を指し示した。
「男子洗面所か、とすると…」
一応の所、人質達はまだ人間らしい扱いを受けているということだな、スミスはそう答えた。
「完全にフリーと言うわけでは無いだろうが、用足しにいけるのはまだましな方だ。それくらいの余裕がまだ監視者に残っていると言うことさ」
君にはまだ難しいか、そう言わんばかりのスミスに、デイヴィットは先方が期待しているであろう『不機嫌』な表情を浮かべて見せた。確かに彼らにはそう言った生理現象は存在しない。だが、あってはならない『万一』のため、どういう行動をとればいいかと言うことくらい基本データに入力はされている。人間にとって生きている以上必要不可欠な行為…睡眠欲や食欲を含めて…を禁止するかしないかは、犯人達がどの程度追い込まれた心境にあるかを計る目安になる。…どうやら紅リゾートを取り巻いているフォボス駐留軍も手を出しあぐねているようだ。
「…マルスからの名実共の独立か…」
「はい?」
スミスのつぶやきに、デイヴィットは思わず顔を上げる。
「難しいところだろうな。護る側も、フォボス徴収の兵員ならばテロリストの行動の根底にある思想は理解できない物でも無いだろうし」
数度、デイヴィットは頷いた。

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