ACT12

 

待っていたとはいえ、『Doll』の現物を見るのは、クレア自身初めてだった。初めて会った『待ち人』は、冷酷ともいえる冷静さでMPが完全に気を失っているのを確認すると、わずかにクレアに向けて会釈した。とっさのことに何も言えず呆然とするクレアではあったが、水が滴るような音でふと我に返った。
観ると、彼女の恩人の腕から流れ落ちるどす黒い血が、床に半ば池を造りつつあった。 慌ててクレアは何か止血するものを探そうとしたが、彼はそれを無言で制すと、先程から 小さく鳴り続けている通信機に小声で応答した。
「私だ。これより帰還する。止血用の冷却スプレーを用意してくれ」
『え…じゃあさっきの銃声は!』
「被疑者に別状はない。以上だ」
一方的に通信をきると、彼は無言でクレアに対しついてくるように促して、暗い廊下へと 出ていった。慌てて彼女はそれを追った。
しばらくの間、両者は沈黙のまま歩いていたが、彼らの後に残る血痕を気にして、クレアは 申し訳なさそうに尋ねた。
「あの…大丈夫なんですか?」
そして、足早に歩み寄ると、ようやく見つけ出した大判のハンカチで傷口を覆った。 曰く、むき出しにされていると、自分の精神衛生上よくない、と。
「元々、時間が足りずに定着しきらなかった古傷です。限界なので仕方がありません」
わずかに苦笑いを浮かべて答えるNo'5の口調は、先ほどまでの冷酷なものではなく、 クレアが知っている「惑連捜査官」の物だった。その穏やかな口調で、 彼はとんでもない事をさらりと言った。
「私自身『生きた死体』ですから。いつああなるとも知れません」
あまりにもあっさりとしていたので、クレアは一瞬何を言っているのか分からなかった。 しかし、それがどういう事を示しているのか理解して、クレアは返答に詰まった。無理もない。『アンデッド』など小説や映画の中の物であり、現実の物ではない。
「もっとも『死体』は私だけですが…我々を待っておられたのですでにご存知かと 思いましたが。…恐いですか?」
首を激しく横に振ってクレアは否定の意を示すと、努めて平静な口調で言った。
「その…支部長さんが『特務』は正しい人をかならず助けてくれる、と聞いていたので …ロボットとかサイボーグとかそういうたぐいの物かと…すみません」
あまりにも正直なクレアの言葉に、No'5はめずらしく笑顔を見せてから、「ロボット」 と言う言葉を自分以外の『特務』の前では口にしないように、と付け加えた。
「しかし、われわれの存在は、惑連でもかなり上層でなければ知らないはずですが。 支部長殿はお詳しいようですね」
「何でも、私に関係あるとか……そう言えば支部長さんは?!」
そうクレアが叫んだとき、ウワサをすればなんとやらで、聞き覚えのある声と同時に 懐かしい顔が現れた。
「クレア、無事か?!」
「支部長さん?どうしてここに?!」驚くクレアに対し、支部長はにやにや笑いながらNo'5を見やった。
「Mカンパニーが動き始めたので、同行して頂きました」
「そういうわけだ。それより少佐さん、ひどいじゃないか。早くこっちへ」
支部長はその場の主よろしく、帰還者たちを迎え入れた。

カスパー=クレオ支部長の戦場仕込みの荒っぽい応急処置を受けながら、No'5は端末を 前に苦労しているNo'21に適切な指示を出していた。やがてそれが終わるころには、マルス 惑連の建物はわずか2名の特務の制圧下に完全に置かれることとなった。
「システム的には98.3%、こちらの支配下に入りました。あと、トラップの可能性が ありますが、問題はないでしょう」
そう言って振り返り、いたずらっぽく笑うNo'21の姿は、『ヒト』そのものだった。鈍く 光る瞳を除いて。まだ慣れずにわずかにあとずさるクレアに手を振ってから、 No'21はNo'5と支部長に話を振った。
「でもそれより少佐殿、平気なんですか?」
「中枢は無事だ。何ら問題はない」
軽く支部長に頭を下げ謝意を表してから、No'5は鋭い視線を投げかけた。わずかの間に その場の空気に緊張が走る。それに対応するように中央のコンソールテーブルから、 けたたましい音が鳴り響いた。すぐにNo'21は手元の端末で対応する。
「支配外の裏回線です。…どこからの通信かはまだ判断できませんが、逆探知しますか」
「回線はまだ開くな。それで可能か?」
「直通回線ですから何とか」その場にいるだけでまったくのお荷物になってしまった支部長とクレアは、『二人』の やり取りをも、それから互いに顔を見合わせて苦笑いするしかできなかった。

 

 

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