act14

 

文字どおり顔色一つ変えず、No'5は通信を切った。その隣でNo'21が少々小さくなっている。 そして直通回線にロックをかけ始めたNo'5に、No'21は頭を下げた。
「申し訳ありません」
「つながってしまった以上、仕方がない。重要なのは与えられた条件下でどう動くかだ」
そう言いながら、No'5は右腕一本でプログラムを変えていく。それにもかかわらず、No'21の 今までの操作に比べると、格段に早かった。カスパー=クレオ支部長はしばらくその手際を 見つめていたが、やがて感嘆の吐息を吐いた。
「いや、お見事…、しかし、わざわざ貴方がたが来ているのを知らせてやる必要は なかったのでは?」
「警告の代わりです。我々が出ていると知れば、下手には動かないでしょう。正常ならば」
この分ではおそらく重要機密もMカンパニーに筒抜けだろうから、と付け加えて、No'5は 手近な椅子を引き寄せ、倒れ込むように腰を下ろした。口ではいつもの無表情を保っては いるが、先ほどの破損がかなり影響しているらしい。
不安げな視線を投げかける外野をよそに、No'5はすぐさますべての惑連施設に対し、 マルス惑連における2条の発動を伝達するよう、指示を出した。沈黙の中に、キーボードを たたく音だけが響く。ふと、深い思考に沈みかけたNo'5の視界に、心配そうに見つめる クレアの姿が入ってきた。
「…ごめんなさい…私のせいで…」
「謝らなければならないのはこちらです。もっと早くにお助けできれば良かったのですが」
逆に頭を下げられて、慌ててクレアは首を横に振る。そのクレアに、No'5は何か引っかかる ものを感じていた。しかし、今は彼女を安心させるほうが先である。
「我々は本来このような事件ではなく、もっと血生臭い状況下に投入される『モノ』です。 …貴方の方こそ、傷はもう大丈夫なのですか?」
思いがけないNo'5の問いに、クレアは言葉に詰まった。しばらくの間彼女は迷っていた ようだったが、決心がついたのか、No'5に歩み寄った。
「ええ…これを観ていただけますか?」
そういうと、クレアは左のブラウスの袖を、肘の辺りまで捲り上げた。その皮膚には無数の 傷が刻み込まれている。だが、それらの様子は明らかに普通とは違っていた。
「こんな調子じゃ、被害の物的証拠にはなりませんね。…でも、何故か分からないんです」
クレアの言葉どおり、傷は刻一刻とまさに「目に見えて」治っていく。目の前の信じがたい 状況に、No'5はわずかに眉をひそめた。このような治癒は『ヒト』にはありえない。 ありえるとしたら…。 そこまで考えが及んだとき、No'21の声がNO'5を現実へと引き戻した。
「少佐殿、テラの本部からです。宇宙港周辺の異常について、統一見解が出たそうです」
つないでくれ、との言葉に応じて、中央のメインスクリーンに映像が映し出される。
『特務少佐殿、お忙しいところ申し訳ありません。お尋ねの件についてなのですが…』
報告を始めた、やや硬い表情の、冷たい雰囲気を持つ端整な顔立ちの女性の姿に、 その場の者は等しく息を呑んだ。
『どうされました?』
異変を感じ、彼女は報告を中断し、同じく絶句した。『ヒト』と『Doll』。異なるとはいえ 瓜二つの顔を持つ両者が、スクリーンを通して初めて対峙したのである。
「…なるほど、そういうわけか」
No'5の脳裏で何かがつながった。そして再び呆然とする両者を見比べてから彼はいつもの 抑揚のない声で言った。
「No'14、統一見解とやらを聞こう。すべてはそれからだ」
その声で現実に引き戻されたように、No'14はスクリーンの向こうで慌てて一礼した。 そして先ほどと変わらない落ち着いた声で続けた。
『失礼いたしました。まず、現場周辺の衛星写真をご覧ください』
その言葉に応じるように、大スクリーンが二分割され、その片側に奇妙な物が映し出された。 拡大します、とのNo'14の言葉にNo'5がうなずくと、その部分が大写しされる。すると その異常さが明らかになった。
宇宙港を起点として、首都に向かう幹線道路を取り巻くようにきれいな長方形の形に ぽっかりと緑が抜け落ちているのだ。みなが怪訝そうに見つめる中、クレアだけが何かを 思い出したようだった。
「これは…、Mカンパニーの工場団地予定地じゃないですか?」
「ミス・デニー、ご存知なのですか?」
No'5の問いにうなずいてから、しかし資金面で目処が立たず、何年も放置されたままのはず だ、と付け加えた。画面の向こうで、No'14がその言葉を引き継いだ。
『用地買収後、整地を行った形跡はありますが、着工の形跡はありません。Mカンパニーの 内部資料では、計画自体が白紙撤回された後は人の手は入っていないようです』
「じゃあ、ほったらかしのままでこんなにきれいなんですか?雑草一つ生えずに?」
「草刈りもしてないんでしょう?何かばらまかなきゃ、こんなはずは…」
思わず顔を見合わせるNo'21とカスパー支部長をよそに、No'5はポツリとつぶやいた。
「そう言えば、数年前、小規模群発地震の記録があったな…」
「でも、特に被害はなかったと思いますが、それが何か?」
怪訝そうに答えるクレアに僅かに視線を向けてから、No'5はほかに何か注目すべき点はないか テラにむけてたずねた。スクリーン上でNo'14は僅かにうなずいた。
『これは予定地周辺で撮影された物です』
赤茶けた大地に変わって映し出されたのは、常識では考えられない物だった。奇形とも いえるトカゲや蛙が、多数這っている写真だった。言葉を失うマルスの面々とは 対照的に、事務的なNo'14の言葉がよどみなく流れた。
『いずれも人為的な手が加わった結果です。何らかの科学物質による汚染の影響と 考えられます。何かまでは断定できませんが』
「調査を行う『口実』としては十分、というわけか」
どこか突き放したようなNo'5の言葉を、No'14は肯定も否定もしなかった。 問いには答えずに帰還後何か必要な物はないか、との言葉が戻ってきた。
「さし当たって左腕一本…それと我々の生みの親のデータを至急送ってくれ」
『分かりました』
一礼すると、スクリーンは再び灰色になった。しばらくNo'5それを見つめていたが やがて低くつぶやいた。
「どうやらわれわれは茶番に利用されていたらしいな」

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