act16

 

若手記者で、惑連番のカスパー・クレオ氏が新進気鋭の科学者ニコライ・テルミン氏に 初めて会ったのは、惑連で行われたレセプション会場であった。メモパッドを片手に 駆け回るカスパーを、直接の上司が博士に紹介したのである。
物腰も穏やかでにこやかに話すテルミン博士に、カスパーは『科学者』という固定観念を 改めざるをえず、豪快に笑う明るいクレオ記者にテルミンのほうも、今まで身近にいなかった人種である事から驚きを覚えたらしい。
ともかくこれまで全く異なる人生を歩んできた二人であったが、ほんの偶然から顔を合わせ れば食事をしながら世間話をするような付き合いが始まったのである。
ある日、いつものようにネタを探して惑連ビルを歩き回っていたカスパーの視界に、 何時になく青ざめ、取り乱したような博士の姿が入ってきた。軽く手を挙げ合図すると 博士もその姿を認め、足早に近づいてきた。
「すみませんが、車をお持ちなら出していただけませんか?」
その言葉に尋常でないものを感じ、カスパーは頷きつつも何事かととたずねた。
「娘の様態が急変したと、たった今連絡が逢って…あいにく公用車はすべて出払ってて」
博士に家族があったという事は初耳だった。しかし、事の重大さに慌てつつもカスパーは とるものも取り敢えず博士を伴って指定された病院へと向かった。
「お嬢さんはどちらがお悪いんです?…差し支えなければ…」
「心臓です。移植を待っていたんですが…。技術的には人工臓器に何ら問題はないのに、 倫理機関がうるさく、今まで何も出来なかった…」
がっくりと肩を落とす博士に、カスパーは心から同情した。病院に着くと礼もそこそこに 走り出していく博士の後ろ姿を、カスパーは祈るような気持ちで見送っていた。

「しかし、あそこで気がつくべきだった。もうあの時、やつは常軌を逸し初めていたって 事をね」
深くため息を吐きながら、支部長はつぶやいた。
「まもなくですよ。けたたましいサイレンを鳴らして救急車が出ていったのは」
「行き先は、博士の研究室ですね」
感情のないNo'5の声に、支部長は機械的にうなずいた。
「病院から走り出してきたテルミン夫人と一緒に、すぐその後を追いました。 私らは、惑連へ逆戻りし、奴の研究室へ行ったんです…そこには、」
思い出したくはない事実を突きつけられ、支部長は苦悩しているようだった。 一瞬迷った後、支部長は絞り出すように言葉を継いだ。
「奴がいました。その後ろにはばかでかい試験管のような物があって、 その中に瓜二つの二人の女の子が、薬液付けに…」
一同の視線がクレアに集中した。すでに彼女の顔は青ざめ、立っているのがやっと といった状況だった。手を貸そうとしたNo'21は脅えっ来たような視線を向けられて、 困ったように肩を竦め、No'5に助けを求める。だが、No’5の口から出たのは 辛辣とも言える言葉だった。
「この先を聞くかどうかは、貴方の自由です。強制はいたしません」
「いえ、聞きます。自分のことですから、逃げません」
力強いとは言い難いクレアの言葉にわずかに頷いて、No'5は支部長に続きを促した。

「一体…何をした…これは…」
呆然としながらも、カスパーは気を失いかけた夫人を支えながら、ようやくこれだけを 口にした。一方思いもかけない来客に、博士は誇らしげに笑ってみせた。その瞳には 異様な光が宿っていた。
「頭部を健康な身体に移植したんですよ。臓器ではないから倫理委員会には引っかかりません し、娘の身体から増強培養したものですから、拒絶反応も問題ない」
「しかし、こんな事許されると思っているんですか?」
思わずカスパーは叫んだ。しかしその声は博士には届かない。
「この日のために、研究を重ねてきました。『DOLL』計画を立案したのも 全ては娘の…クレアのためですよ」
独白のように博士はつぶやき、そして低く笑いつづけた。

そこで支部長の話はとぎれた。一瞬の沈黙の後、No'5が端末上のテルミン博士のデータを 読み上げる。
「ニコライ・テルミン。医学博士。『Doll』計画を立案、実行。No'0からNo'14まで に携わる。その後プロジェクトから離脱。各支部において技術指導に当たる」
その言葉が終わるか終わらぬかのうちに、緊張の糸が切れたのかクレアが床に崩れ落ちた。すでにその意識がない彼女を仮眠室へ運ぶよう、No’5はNo'21に無言で促した。
両者の姿が扉の向こうへ消える頃、支部長は頭を抱えながら行った。
「結局あの子は取り残されたんですよ。結局私は片棒を担いでしまった訳ですから、 できる限りの償いはしてやりたかった」
「貴重な御証言、有り難うございました。彼女にとって不利にならぬよう、尽力します」
機械的なNo’5の言葉に、何か言い返そうと支部長は腰を浮かせた。だがそれを遮ったのは 牧歌的とも言えるNo'21の言葉だった。
「彼女、良く眠ってます。支部長殿も少し休まれてはどうですか?」
さすがに毒気を抜かれたように、やや憮然とした表情で、支部長はうなずいた。二人の姿が視界から消えたのを確認してから、No’5はゆっくりと目を閉じた。

 

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