act5

 

地下へと降りるエレベーターの中は、気まずい沈黙で包まれていた。その狭い空間に いるのは3人。Mカンパニー社長のT.プライスと、或連テラ本部より派遣された 捜査官、アンドル=ブラウンとデイヴィット=ローである。
厳密に言えば、本当の意味での「人間」はT.プライスのみである。しかし、その狭い空間は奇妙な息苦しさで満たされていた。 20秒ほどでエレベーターは最下階に到達した。鈍い衝撃の後、目の前の扉が 静かに左右に開いた。
非常灯のような明かりだけが点る殺風景な長い廊下を、 高い靴音だけが響いている。 突き当たりには、これまた殺風景な扉があった。社長が何やらパスワードを入力すると、それは何の抵抗もなく開いた。
そこは、予想に反して、部屋ではなかった。ガラスのようなものがはめ込まれており、 その向こう側に、女性が浮かび上がって見えた。
「申し訳ないですが、彼女と話をさせていただけます?その…」
言いにくそうに言うデイヴィットの心中を察してか、社長はしぶしぶ 席を外すことを了承した。
「分かりました。終わったらそちらのインターフォンで連絡してください。警備のものが 案内に参りますので」
そう言い残すと、忙しいのでこれで失礼、と言い残し、社長は2人に背を向けた。
「…さて、始めますか」
面白がっているようなNo’21に対し、まったくの無表情でNo’5はガラス越しに 女性に話し掛けた。
「ミス・デニー、こちらの声が聞こえますか?」
『或連の人ね。わざわざご苦労様』
女性はわずかに笑みを浮かべ、落ち着きなく指先を動かしながら返答した。その声は 機械を通されたようであり、捜査の機密は守られそうにない。
『残念ながら私に聞いても何も進展しないわよ。新聞社の方当たってみたら?』
あまりにも突き放した言い方に、両者は思わず顔を見合わせた。気を取り直して、 No’5は再び尋ねる。
「われわれが知りたいのは、ただ一つです。…貴方にかけられた疑惑は、真実ですか?」
少しの間の後、クレア=T=デニーは答えた。
『さあ…私はただ、待っているだけよ。待ち人がこなければ死ぬわけにもいかないし』
死、という言葉に、わずかにNo’5は眉をひそめた。それに気づいてかNo’21が 言葉を継いだ。その間、No’5の視線は、クレアに固定されている。
「待ち人って、誰です?」
『私の、半身よ』
謎めいた言葉を、クレアは口にした。そしてこれがすべての始まりであり、謎を解く 鍵であった。

「ところで、マルスの惑連本部へはもう行かれました?」
帰り際に、人のよさそうな警備員は二人の捜査官にたずねた。一方が否、 と答えると、警備員はさも納得したように2.3度頷いた。
「ここはテラとは違いますんで、まあ、お気をつけて」
短く礼を言うと、二人は車に乗り込んだ。しばらくNo'21は珍しく黙って 目を閉じていたが、やがていつになく晴れやかな笑顔をNo'5に向けた。
「大丈夫。盗聴も爆弾も、すべて麻痺させました。今ごろあちらさん、 鼓膜破れているんじゃないですか?」
「…便利なものだな。私はまったく気がつかなかったが。君らがいないと 私はもう何回破壊されたかしれないな」
「仕方がないですよ。でも、自分は少佐殿が羨ましいですよ。裏を返せば 一番『人間』に近いってことでしょう?」
「『ヒト』に近い、と、『ヒト』であるとは、大きな違いだ。私は二度再びび ヒトになることはできない」
気まずい沈黙が車内に流れた。車はそうこうするうちにMカンパニー本社を後にし 都心のビルの谷間の中に出た。沈黙に耐えられない性分(プログラム)なのか No'21は話題を変え、話し始めた。
「ところで、マルス支部へはどうします?ここからすぐですが」
「いや、行くつもりはない。むしろ行かないほうがいいだろう。恒星間通信社の 支部へ回してくれ」
一旦No'21は了承しかけたが、突然急ブレーキを踏んだ。
「…危ないな…」
「っでも!どういうことです?!惑連マルス支部へ行かないほうがいいってのは?」
「彼女が言っていた。我々との応答の間に。気がつかなかったのか?」
「…あ!」
そう言えば、クレアは常に手を動かしていた。おそらくその間、両者を隔てるガラスに何かを『書いて』いたのだろう。それにNo'5は気がついていたのである。
「お見それしました、少佐殿。そう言えば彼女の事なんですが」
「サーチしたのか?」
「ええ。…かなりの拷問を受けていますよ、あれは」
そして、これはあくまでもサーモグラフィによるサーチですが、とNo'21は付け加えた。
「でも、誰かに似ているんですよ。顔とかではなくて雰囲気が」
「やはりそう思ったか」
「それに…半身って何でしょうか」
「まあ、彼女の助言に従ってみよう。恒星間通信社の支部へ」
「了解しました」
かくして両者は事件の発信元へと向かったのである。

 

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