act10

 

周囲が暗い。音は何も聞こえない。ただ、心臓の鼓動だけが不自然に頭に響く。
ここは何処だ?何故急に途切れる?…あの銀色の幕の所為だ。
うつろな目を開き、彼は窓の外を見据えた。
あの幕さえなくなれば全てが元に戻る。そう、何もかも。
備え付けの端末に彼の手が触れた。画面が不意に明るくなる。進入を警告するアラームがまもなく部屋中に鳴り響くが、彼が何かを打ち込むとたちどころに沈黙する。
惑連の全てのセキュリティシステムは、彼のIDに対して無抵抗にその進入を許可した。それだけの権限を彼は与えられていたし、今の彼はそれを行使することに何らためらいを感じることはなかった。
やがて、問題の箇所に彼は到達した。無意味にもとれる数列が羅列する画面を、彼はしばらく無言のまま見つめていたが、先ほどのアラームとは異なる警告音が異常を知らせた。
誰かが彼の進入に気がついたらしい。それが彼の味方ではないのは明らかだった。だが、このまま引き下がっても面白くはない。
彼の顔に、僅かに笑みが浮かぶ。そして…。

頭の片隅に鈍痛が走る。だが、この痛みは物理的外傷に起因するものではなく、精神や思考といった実体のない原因に由来するものだ。そう黄小龍は直感的に理由付けようとして、すぐに苦笑を浮かべた。0と1から成立するプログラムが、全く別系統である思考回路と痛覚(破損知覚系統)を混同するはずがない。もし万一、本当に思考回路の異常から成る頭痛であれば、それこそバグに他ならない。
しかし、それにしてもな何故突然『意識』が途切れたのだろう。アダムス女史が部屋を出ていったところまでは記録がある。自己修復に伴う『眠り』が必要なほどのダメージをうけたわけでもないし、小龍は自らの変調に説明を付けられずにいた。
「ったく…どうなってんだか…」
ぼやきながら頭をかき回し、僅かにずれていた眼鏡を直すと、次第に鈍い頭痛が霧のように消えていく。そのタイミングを見計らうかのように、扉が開いた。
「…お前か、何の用だ?」
不快感と嫌悪感が入り交じったNo'18の視線を真っ正面から受けてもなお、”D”は不敵な笑みを崩してはいなかった。その不気味とも言える笑みを唇の端に貼り付けたまま、Dは無言のまま歩み寄ると前触れもなく若き大尉に掴みかかった。
「油断も隙もありゃしねえな。え?大尉殿?!」
そう吐き捨てると、Dは小龍を床に叩き付ける。衝撃で外れた眼鏡は次の瞬間Dによって踏みつぶされていた。
「いきなり怪我人になにしやがる…俺はついさっきまで、意識不明の重体だったんだよ!」
幾ばくかの誇張はあるが、小龍の言葉は大筋で間違ってはいない。その反応が演技なのか否か、Dはしばらく測りかねていたようだった。
「ホストに侵入して非常事態を解除しようとしたやつがいたんだよ。ご丁寧にパスワードを変えて行きやがった…あんたじゃないのか?」
「普通はその手の機密は敵にわざわざ報告には来ないと思うぜ…第一、一介の大尉じゃ中枢部へのアクセスは不可能だがな」
暫し、両者の視線が空中でぶつかる。その緊迫した空気を先に破ったのはDの方であった。
「…『普通』の大尉殿なら、確かに無理だろうけどな…」
皮肉な笑みを浮かべて自分を見下すDに、No’18は返す言葉に詰まる。ようやくかすれた声で、何のことだ、と言うのが精一杯だった。
「さっきも言っただろ?お前らの方がとんでもねえことをやってるって…俺の名の由来でもある、情報部の特殊部隊…」
「馬鹿な…何を言って…」
「惑連が開発した最強『兵器』Doll…俺は会ったことがあるぜ…最初に会ったのは、まだガキの頃だったけどな…」
この男は一体何を知っているのか、何を言おうとしているのか、小龍はまだ全体像が見えずにいた。

 

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