act11

ルナ宙港内の一室に臨時のテロ対策本部が置かれたのは、水銀ドーム発動から2時間弱が経過してからだった。その間、楊香中尉はただ手をこまねいていたわけではない。ありとあらゆる手段を尽くして、ルナ政府や警察、ルナ駐留のテラ宙軍司令部などと接触を試みていた。だが、水銀ドームの発動と同時に、ルナ内には自動的に厳戒令が発令され、その原因究明のため各機関は混乱に陥っていたのである。状況が全く掴めない主要機関は、当然の出来事に全く役には立たなかったのであった。
かくして、有事に対するもろさをさらけ出した各機関に匙を投げた楊香は、ようやく連絡の取れたテラ惑連本部に対してこう告げた。
「各庁ともお忙しいようですので、小官の独断で2条を発動いたします。以後、よろしく」
…早い話が、勝手に最善を尽くすので後始末は任せた、と言うことである。だが、だがこれは『彼ら』に与えられた正当な権利であるから、後方は口出しが出来ない。こうした紆余曲折を経て、対策本部設置に思いの外時間をとられてしまったのである。
管制室に続々と機材が運び込まれ、急ごしらえの司令部が作られつつあった。以外にも宙港の総責任者である橋本将氏は、楊香の言葉を借りれば「どこぞの指揮官も見習って欲しい」ほどの危機管理能力を持ち、柔軟な対応で彼らの注文に応じた。
幸い、突貫工事の間、ドームに覆われたルナ惑連本部ビルには外も内も目立った動きは見られない。どうやら『敵』もこちらに準備時間を猶予してくれたらしい。そう好意的に解釈した楊香は、何度目かの中間報告に現れた橋本氏に丁寧に謝意を示した。
「申し訳ございません。突然の不躾な申し出ですのに…」
「いえ、当然のことをしているだけですから…」
そう言うと、橋本氏はこの混乱下では通常業務はとても出来ないから、と言って笑った。恐らく宙港内に取り残された客も相当数いるであろうのに、それを全くおくびに出さないのは見事である。それまで両者のやりとりを黙ってみていたデイヴィット=ロー中尉であったが、思わず当然とも言える疑問を口にした。
「所で、見事な危機管理体制ですが…何か特別な訓練でもなさっているんですか?」
予想をしていたのか、橋本氏は照れたように破顔した。一見気むずかしげではあるが、笑うと存外柔和な印象を受ける。たぶんこちらが本性なのだろう、とNo.21の考えが及んだとき、その答えがようやく導き出された。
「以前、ハイジャック事件に遭遇したことが有るんですよ。…こっちに就任して以来、非常時の訓練は徹底して行っているんですが。まだ若い頃で…強烈な印象でしたからねえ、あれは」
そう言うと、橋本氏はこんな時にちょっと不謹慎ですが、と前置きをしてから事件の話を始めた。

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