act13

「最初は夢を見ていたのかと思った。何せ、その後のニュースじゃ『あの人』には全く触れちゃいねえ。おかげでガキの戯言なんざ、誰も耳を貸さなかった」
Dは何かに憑かれたように話し続けていた。最早、唯一の『聴講者』である黄小龍すらその眼中には無いようであった。
「あの人は確かにいた。俺は夢を見ていたわけじゃない。俺は一瞬にして事件解決の功労者から大嘘吐きにされちまった。そうしたのは他でもない、お前らだ」
ようやくDは自らの視界の中に他者の存在を認めた。その他者に対して、Dは怒りに満ちた視線を投げかけた。
「それから後はひどいもんさ。落ちるところまで落ちた俺は、I.B.に拾われて…あの人に再会した」
「会った…だって?」
かすれた声で呟く小龍に、Dは勝ち誇ったような、だがどこかで引きつったような笑みで応じた。
「あの人…サードは全部教えてくれた。お前らが正義面してウラで何を創っているか…その結果、できあがったのが自分だ、とも」
そう言うと、Dは小龍の胸ぐらを掴んだ。間近に見るDの瞳に小龍は有る物を見いだしていた。すなわち、狂気。もしも自分が正真正銘の『ヒト』であったなら恐怖を感じるだろう、と冷静に判断する小龍とは対照的に、Dは感情に全てをまかせているようである。
「お前らは治療と称して、回復の見込みのない軍人に脳手術をして『人形』に仕立ててるそうじゃないか。しかも不具合が出たり、修復不可能になったら廃棄処分だ。それが宇宙の仲裁者のやることか?え!?」
確かにDの言うことは正しい。事実、No.18自信もいつ廃棄を言い渡されてもおかしくない立場にある。そして彼自身の存在も、Dの言うような行為の積み重ねの末にある。理由はどうあれ、『惑連』が行ってきた行為は正当化されるものではないだろう。
小龍の返答がないのをどう受け取ったのか、Dはそれまで掴んでいた手を離した。言いたいことを全て話し終え、対象に興味を失ったようでもあった。
「エリートさんには信じられない話かもしれんが、全部事実だ。…もうすぐサードが来る。生き続けるために。そうすりゃあんたも今までの忠誠心がいかに無駄だったかが分かるだろうよ」
笑いを残してDは部屋を出ていった。部屋を出ていった。
取り残された小龍がふと窓の外に視線を移すと、小型シャトルがドームの外へ飛び立つところであった。特定のシリアルを打ち込んだシャトルと車だけが、この銀色の防御壁の内と外を物理的に結ぶ手段である。
何処まで惑連の機密はざるなのか、と思わず小龍は苦笑いを浮かべた。
とにかく、事態を知りたい。そして外に伝えなければ。どうにかして…。

「まあ、私は管制室の外で右往左往していただけですから。その時からでしょうかね、普段の心構えが危機管理には一番大事だと感じたのは」
そう話を締めくくると、橋本部長は気弱そうな微笑みを浮かべたまま、やや寂しくなった頭をかいた。そのままにしておくと延々と続きそうな彼の懐古談は、一人の空港職員の乱入によって中断された。曰く配線の突貫工事が全て終了したとのことである。
「どうもありがとうございます。…差し支えがなければ、現在離陸可能な機の数と、その発着を押さえていただけませんか」
楊香に微笑みかけられた空港職員は、耳まで真っ赤になってぎこちなく頷くと、慌てふためいて出ていった。その後を追うように橋本部長が部屋を後にするや否や、二名の惑連職員は搬入されていた機材に向き直った。
「ドームにつなげる周波数に合わせてくれる?こっちはテラの方に繋ぐから」
鋭い指示がNo.17から飛ぶ。先刻までの笑みはすでにない。デイヴィット=ローはその変わり身の早さに感心した。慌てて端末に触れたNo.21であったが、ふとあること思いだし、おもむろに口を開いた。
「そう言えばさっき、大尉殿が暴走するって仰ってましたが、一体どういうことです?」
一瞬No.17の手が止まる、やや間をおいてから口を開くその顔には、心なしか諦めの表情が浮かんでいるようでもあった。
「東洋の小国の古いことわざに『火事場の馬鹿力』ってのが有るんだけど、知ってる?」
的外れとも思えるNo.17の言葉に、戸惑いながらもNo.21は首を縦に振った。確認するようにこちらも頷くと、No.17はようやく確信に触れた。
「彼の性格プログラムを組んだときに、妙なことを考えた研究員がいたのよ。果たしていかにヒトに近いプログラムが組めるかってね」
「それとこれと、どう関係が有るんです?」
「…主な人格、つまり平時のNo.18の人格が危機的状況に陥ったとき、『火事場の馬鹿力』が発動するって訳。この裏人格ってのが厄介で、自称常識人の彼の理性を完全にふっとばしちゃうの。自分の生体維持と安全の確保のために、ひたすら突っ走る…」
「あんまり楽しくない想像ですね…」
「想像じゃなくて現実よ。だからあいつは反抗的なの。それだけが原因じゃないけど…ちょっと何それ」
No.17の言葉の最後は、スクリーンの一つに反応したものだった。銀色に輝くドームを捕らえ続けているスクリーンの一点を指している。
「シャトルが、出ていく…」
「奴ら、何を考えているの…?」

 

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