act14

 

行き交う足音が、不意に思考を中断させた。扉一枚隔てられていても、次第に足音が高く、慌ただしくなっていくのは容易に理解出来た。先ほど出ていったシャトルが関係しているのは間違いない。今までのDの話を加味すると、恐らくシャトルはI.B.の指導者である『ドライ』を迎えに行ったのだろう。
現状を知りたい。せめて外に出れば…。だが、流石に警戒されたのか、扉は内側からは開かなくなっている。腹いせに蹴りでも入れてやろうか、そんな思考が不意によぎったのに気づき、小龍は思わず苦笑した。
あいつに殴られてから、正確には水銀ドームが発動してからどうもおかしい。もっとも電気系統が停止したのは初めてなので、そこで何らかのバグが発生している可能性もある。何より認めたくはないが、もう一つの『人格』が暴走し始めたらたまらない。気は進まないが、一旦テラに戻る必要がありそうだ。この状況から無事に帰還できるのなら。
無事、と言う言葉を口にして、小龍は再び苦笑した。本来危機的状況に投入される自分が、帰還を望んだことに矛盾を感じたのだ。
「さて、どうした物か」
他人事のように呟くと、No'18はゆっくりと立ち上がった。本来ならば目抜き通りに面した大きな窓に、全身像が映る。その自分の姿に、彼は一瞬身じろぎした。眼鏡のない顔は厭なくらい『あの人』にそっくりだ。だが、外見はともかく、実績は『あの人』には遠く及ばない。例えキャリアの長さを差し引いても。
苛立ちを押さえきれず、No'18は硝子に激しく手をついた。その向こうから、眼鏡というフィルターを失った人口眼球が無感動にこちらを睨み付けている。その背後で、前触れもなく扉が開いた。
振り向きざまに放たれた鋭い視線が、アダムス女史の怯えたそれとぶつかる。慌ててNo'18は視線を逸らしたが、先刻とは異なる女史の白衣が、目に痛かった。
「何か…ご用ですか?…それより、よろしいんですか?」
Dの言葉から察するに、女史はI.Bにとって賓客ではあるが同時に『招かれざる客』でもあるらしい。その女史が自分の所にやってくることは、その微妙な立場が更に危うい物にしてしまうのではないだろうか。
「皆、『サード』を迎える準備でそれどころじゃないわ。仕事が始まるまで、私は煙たい存在だから…」
彼らの目に付かないようにしている、とアダムス女史は言い、寂しげに微笑んだ。そして、今のところ、職員の中で制裁を受けたものはいない、と告げた。
「何とか怪我人だけでも解放するよう掛け合ったけど、駄目。一応応急処置はしたから、命に別状は無いけれど」
「ドーム解除後も無事でいられるという保証は無いですからね。下手すりゃ皆殺しになりかねない」
言ってしまってから小龍は少し後悔した。その意図はなかったとはいえ、明らかに女史への当てつけともとれる発言であると気づいたからだ。
「確かに…処置さえすめば、私も用済みね」
だからといって、彼女は『ドライ』に対する『治療』をおざなりにすることは無いだろう。小龍は目の前の女性に、妙な確信を抱いていた。しかし、それにしても…。
「けど…何故貴女は、そこまでI.B.に…『ドライ』に必要とされているんです?」
ごく当たり前な、だが今まで思いも寄らなかった疑問を小龍は何気なく口にした。だが、当然とも言える疑問は、予想外の効果をもたらした。
目の前の女性は、一瞬息をのみ、再び目をそらした。心なしか青ざめたように見えるアダムス女史は、やや一瞬の間をおいてから、思い口を開いた。
「彼は…『サード』は、私たちの犠牲者なの…」

 

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