act17

 

「すまん。遅くなった」
灰色になっていた画面に再びジャックが姿を現した。疲労の色は先刻よりもいっそう濃くなっている。やや心配そうな視線を投げかけるルナの面々をよそに、当の本人は単刀直入に本題に入った。
「まだ奴らは何も言ってこないか?」
No'17が無言で頷くと、ジャックは深く溜め息をついた。やや間を置いてから、彼はためらいを振り払おうとするように口を開いた。
「これからの話は、年寄りの悪趣味な想像だ。最悪の条件がそろわなけりゃ成立せん。上に報告できるような代物でもない。だが現状に一番近いんじゃないかとは思っている」
再びNo'17は神妙な顔で頷く。
「分かった。…ちょっとこれを見てくれないか?」
そう言うとジャックは、デスクの上にあるものを指し示した。なんの変哲のない人体の頭部模型のある一点を叩きながら、彼は続けた。
「我々が実験段階のA.I.を埋め込んだのはちょうどこの位置だ。あの頃は目の前の患者を生き返らせることで手一杯で、それ以外のことは考えていなかった。で、これがNo’3に埋め込んだチップの模型だ」
ジャックの手には、遠目にも無機質に鈍く光る『部品』が乗っていた。大きさ、形を例えるなら、ちょうどカッターナイフの刃を一折りしたくらいだろうか。だが、それがいかに小さいとは言え…。
「あの…拒絶反応とか、組織の癒着とか、そう言ったことは…?」
No'21の問いかけに、ジャックは首を横に振った。
「今、少尉にシミュレートして貰ったところだ。もし万が一、No’3が今現在も生存していると仮定すると、この部分の脳細胞が壊死している可能性がある」
ジャックは頭部模型を持ち上げた。そしてその指は移植箇所を中心として円を描いていた。
「くわえてNo’3がI.B.の『ドライ』であると仮定する。奴の命はA.I.によって辛うじて保たれているとは言え、根本の脳本体はかなりやばい状況になっている。彼は生きながらえるために有る人物に目を付けた。惑連から離れ、且つ自分の蘇生時の医療チーム中心メンバー、加えて脳神経の第一人者…」
「キャスリン=アダムス博士、ですか…」
No'21の呻き声に似たつぶやきを、ジャックは今度は苦虫をかみつぶしたような表情で肯定した。
「だから『最悪な条件がそろったら』という仮定にすぎん。あちこちに根をはっているI.B.のことだ。キャスが乗ったシャトルの機長や、調査団、こいつら全員が連んでいるとしたら…可能性は低いが、不可能じゃない」
「必要な『モノ』は全て水銀ドームの中、ってことね。患者、有能な医師、そして設備…」
「I.B.の技術力から行けば、惑連内のシステムが有れば人工脳くらい生成できますよね。後は移植時の状況を知る誰かに、アドバイザーになって貰えば…」
一見無関係に見えたこれまでの出来事が、仮定の上とは言え一本の線でつながった。後に残るのは、謎が解けた快感ではなく、なんとも言い難い後味の悪さだった。
「…これだけの事件になっちまったのは、奴を『造った』我々の責任だ。…尤もこれだけですめば良いんだが…」
ジャックの独白の後半は余りにも低く、ルナには届かなかった。だが音声として伝わらなくとも、その苦悩は痛いほど伝わっていた。

 

 

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