act19

 

鈍い衝撃音と、それに続く呻き声で、黄小龍は我に返った。
見るとそこには前歯を数本折られたテロリストが数人、転がっていた。
「貴様…たふぁですふとふぁ、おもふなひょ!!」
すごんでみる物の、息が漏れ、迫力に欠けるその姿には、そこはかとなく笑いを禁じ得ない。だが、拳の先に僅かながらも痛みが残っているところから、彼らをのしたのは小龍自身にまず間違いはないだろう。けれど、彼にはアダムス博士と別れた以後の記憶が、無い。
その内心の混乱をあおるかのように、拍手の音、そして足音が近づく。
「いやあ、お見事。お手並み、確かに拝見いたしました」
わざとらしい賞賛の声とともに現れたのは、他でもないDであった。
半ばうんざりとした表情を隠すため、小龍はDに背を向けると、ひらひらと両手を頭上で振って見せた。
「あいにく必勝法の講義はできないぜ。何せ重度の記憶障害なもんでな」
嘘は付いていない。一連でなければならないはずの記憶回路が一部、虫食いのように完全に欠落している。原因は不明。
そろそろ自分もガタが来たか。ならば帰還後スクラップになるのも、ここでやられるのも同じだろう。半ば自棄になっていた小龍の背に投げかけられたのは、意外な言葉だった。
「相変わらず気にくわない野郎だな。え?大尉殿」
その声にはいつもの嫌みな自信が無い。不審に思い振り返る小龍の目に入ったDの顔には、いつもの不敵な笑みがなかった。だが、続けざまに発せられた言葉は、更に予想を裏切る物だった。
「…着いてこいよ。『ドライ』がお会いになる」
そう言い捨てると、Dは小龍に背を向け歩き始めた。突然のことに訳が分からず立ちつくす小龍に、Dは振り向きもせず釘を差した。
「俺は反対したんだが、『ドライ』の命令は絶対だ。…仕方ないから連れていってやる。俺の気が変わらねえうちに早く来い!」
『ヒト』が言うところの『投げやり』とはこういうことか。溜め息をつくと小龍は妙に納得しながらDの後を追った。

非常灯だけがともる薄暗い廊下を、Dは足早に進んでいく。平時ならば『暗視モード』が使えるのだが、この状況下ではそうはいかない。見失わぬよう細心の注意を払いながら、小龍はその後を追った。
恐らく占拠時に職員らが抵抗したのだろう、足下にはそこらに薬莢が転がっている。それらに足を取られぬよう更に進むと、見慣れた巨大な扉が、目の前に立ちふさがった。
「…中央司令室、か…」
薄暗がりの中にそびえ立つ扉を見上げ呟く小龍をよそに、Dが入室のためにパスワードを打ち込む。恐らくこれも、小龍が知る物とは替えられているのだろう。運良く彼らを撃退出来たとしても、復旧までにどれほどの予算がかかるだろうか。そう考えが及んだとき、扉が音もなく開いた。
「…何つっ立ってんだ?早く入れよ」
Dの機嫌は更に悪くなっているらしい。これ以上損ねるようなことがあれば、本当に分解されかねない。何より伝説の指導者を見てみたい。
場違いな期待とともに、小龍は更に暗い中央司令室へと足を踏み入れた。

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