act20

僅かな電子音と、機械音が低く、途切れることなく聞こえてくる。
見慣れたはずの司令室も、メインの照明が落ちると、その雰囲気は全く異なる。眠らないはずの『司令室』が、今その活動を完全に停止している。流石に、テラを初めとする各惑連も、こちらの異常に気が付いただろうか。いや、それ以前に、水銀ドームの発動で誰かが動き始めているだろうか。だとすればそろそろ何らかのアクションがある頃だろう。
それを見越してこの会見を設定したのだとすれば、『ドライ』はかなりの策士だ。いや、壊滅状態のI.B.を立て直した時点で、ただ者ではない。その『ドライ』が、ここにいるのだろうが、だが…。
確かアダムス博士は、蘇生手術の際に埋め込まれたA.I.チップの不具合を修正するためにここに来る、と言っていたではないか。手術はもう終わったのか?それにしても回復が早すぎる。ICU並の設備が必要な大手術になるのではないか?
様々な疑問が小龍の脳裏をかすめる。
「こっちよ」
不意にアダムス博士の声が響く。正面のメインスクリーンを背に立つ博士は、何処か神々しく見えた。だが、『ドライ』の姿は、無い。周囲を見回す小龍をよそに、博士はメインスクリーンのスイッチを入れた。
『…成る程…君が…噂の…惑連の…ホープか…』
かすれがちな声が、途切れ途切れにスピーカーから流れてくる。眼前のスクリーンに映し出されたのは、椅子に深々と身を沈めた、細身な軍服姿の男だった。
何かが違う。常人とは違う、奇妙な威圧感を彼は持っていた。僅かに後ずさる小龍に、『ドライ』は低く笑って見せた。
『…君は…私と同じ…だな…。見せかけの…『命』に…踊らされて…いる…』
「こちらにいらしていたのではないのですか?…『ドライ』…」
『恐怖』を見透かされまいとして発せられた小龍の苦し紛れの問いに、『ドライ』は再び笑った。何処か死に神を思わせる笑みだった。その時、小龍は違和感の正体に気が付いた。『ドライ』が身につけていた軍服は紛れもない、『特務』の物だった。
「私が止めたの。この状況でここに来るのは、危険だと判断したの」
思いもかけない言葉に、小龍は思わず博士の顔を見つめる。
「さっき一往復したシャトルでI.B.メンバーの半数が脱出したそうよ。それを指示したのはサードだけど」
再び小龍はスクリーンの『ドライ』を見つめる。相変わらず伝説の首領は剃刀のような笑みを浮かべている。だが先刻感じた死神は、確実に彼を蝕んでいるようだった。僅かにその息が荒い。
『博士は…実に的確な…指示を…私の主治医に…してくれた…。直に…多少は…動けるように…なるだろう…』
「私が言ったのは、あくまでも応急処置よ。根本的に治せるのは…」
『Jだけ…か…。分かった…直接、会いに…行こうか』
「な…!!」
声を荒げる小龍に『ドライ』は声を立てて笑った。その時、室内にけたたましい警報音が鳴り響いた。
『タイム…リミット…だ。君の同朋が…突入を…開始した…ようだな…』
「待て!話はまだ…」
『私は…時間稼ぎだ…仲間は…脱出を…完了した…だろう』
小龍は慌てて振り返る。戸口にいたはずのDの姿が、無い。コンソールテーブルに目をやると、シャトルの発着ゲートと、地下の脱出ゲートが開いている、と光の点滅が告げていた。
『君と…話せて…良かったよ…最後に…もう一つ…』
『ドライ』の息が更に荒くなる。近寄ろうとする何ものかを手で制してから、彼はささやくように言った。
『君は…エドに…似ているな…』
スクリーンが闇に染まる。室内に光が戻った。
駆け込んでくる無数の足音は、小龍の耳には入らなかった。

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