act2

「じゃあ、直前までマルスにおられたんですか?…テラのほうも随分と人使いが荒い ですねえ」
呆れたように案内係の職員は客人を頭のてっぺんから爪先まで眺めやった。退官間近とお ぼしき彼の目には、長髪にノータイの客人の姿はどのように写ったかは、想像に難くない 。
「いや、でも命令ですし。上の命令にぜったい服従ってのは、制服組も何も無いですよ」
そう言うと、客人は人好きのする笑顔を浮かべた。歳の頃から言えば彼の息子と大差無く 見えるこの客人が、泣く子も黙る情報部中尉殿とは時代も変わったものだ、と彼は内心思 った。しかし、時代の変化は感じたものの、驚きはしなかった。似たような経験をもっと 前にしていたからだ。
「そうですねえ…宮仕えの寂しさって所ですか?失礼、こちらです」
第三会議室のインターフォンに向かって来客を告げると、飾り気のない扉は無愛想に来客 を迎え入れた。窓一つ無い室内の一番奥にはスクリーンが掛かっており、既に全ての出席 者は出そろっていた。
予想外のことに戸惑う客人の前に、一人の男が歩み寄った。客人の次に若いのではないか と思われる黒髪の男は、僅かに笑みを浮かべながら客人に手を差し出した。
「テラのデイヴィット= ロー中尉ですね。遠いところをようこそ」
恐縮しながら握手に応じるデイヴィットに対し、男は落ちついた様子で続けた。
「『017 事件』責任者、ルナ情報局捜査部首席捜査官黄小龍大尉です」
この時、デイヴィットは初めて黄大尉の顔を正面から見ることができた。遠目に見たとき も朧げながら感じていたが、改めて彼はある印象を強くした。『あの人』に似ている、と 。
そして、ふと視線を合わせて、彼は思わず2 、3 歩引いた。黄大尉の眼鏡の奥の目は、笑 ってはいなかった。

017号事件は、連日ニュースでの報道が行われている、謎を多く残した事故である。 最も安全と言われ、ここ数十年無事故を続けていたルナ−テラ間航路で、稀に見る悲惨な 事故が起きた。ルナを出発後、順調に航行を続けていた017 号便が、突然連絡を断ったの である。異変を察知した両星の管制官は直ぐさま星間警察及び惑連宇宙軍へ通報した。 果して直ぐさま捜索は開始され、航路から3 光時離れた場所で017 号便は発見された。だ が船体後部に開いた亀裂から空気が流失しており、乗客・乗員船員の死亡が確認された。
これだけならば単なる悲劇的な事故であり、今後の安全航海への大きな教訓となって完結 する。だが、現実はそれでは納まらなかった。

先刻からスクリーン上には延々と事故機のスライドが流されている。その余りの凄惨 さに、室内は重い沈黙に包まれていた。
「正直、ナマで見るとこんなモンではないです。帰還後暫くはトマト系の物は食う気にな れませんでした」
当時、事故機に調査のため乗り込んだ下士官は冗談めかしてこう言ったが、不発に終わっ た。事実、船体の穴から空気が抜け、減圧した船内の様子は、悲惨なものだった。
直接犠牲者の姿は写されなかったものの、所々に赤黒いものが浮かんでいるのを見せられ ると、いかにプロの捜査官とはいえ、目をそらすものも居るほどであった。
「つまり、状況から判断するに、生存者がいた可能性は無いわけだな」
そんな中、僅かに冷静を保っているうちの一人である黄大尉が、釘を刺すように質問を投 げかけた。それまで僅かに笑みさえ浮かべていた下士官も、思わず背筋を伸ばした。
「ええ。脱出用のシャトルも全機、使用された形跡もなく船内に残ってましたし」
「乗客32名も、全員が搭乗したことが確認されている。シャトルも使われていない、にも 拘らず…」
一旦言葉を切り、黄小龍はその場の全員に視線を巡らせた。その鋭さに耐えかね、僅かに 逸らす者もいた。デイヴィットもその一人であった。そんな室内の様子に呆れたかのよう に、黄大尉はぽつりと言った。
「一人分の死体が見つからないというわけか」

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