act3

 

何度も議題に上ったであろう事実を繰り返しただけにも拘らず、わざとらしいどよめ きが室内を駆けめぐる。どうもこういった雰囲気は馴染めない。自覚しながらも仕事と割 り切って、デイヴィットは口を開いた。
「行方不明になっていルナ中央大助教授キャスリン= アダムス博士は、テラ当局招集の会 議に出席予定でした。…会議自体は予定通り行われていますが」
今度は本当のざわめきが、小さくあちらこちらから聞こえてくる。それが納まるのを待つ がてら、デイヴィットは一旦言葉を切り、黄小龍に視線を向けた。黄大尉が詰まらなそう に先を促すのを確認してから、デイヴィットは言いにくそうに言葉を継いだ。
「機内から採取された有機物質を化学分析にかけた結果、助教授と認められる物は有りま せんでした」
一瞬室内は水を打ったように静まり返る。一同がショックから立ち直るのを見計らうかの ように間を置いてから、先程の下士官が再び立ち上がった。そして、機体から放り出され た場合到達すると予想される宙域にも、それらしいものは無かった、と証言した。
「そもそも、この位置に穴が開いても外に放り出される可能性は無いわけでしょ?…博士 がそれこそ煙みたいに消えたとでも言いたいの?」
最初から全く表情を変えることなく聞き入っていた、次席捜査官の楊香中尉がおもむろに 口を開いた。一瞬そちらに目をやってから黄大尉は一つ咳払いをした。
「これが事故なら、手品でもない限り無理な話だが…事件だったらどうでしょう」
これまでの調査の方向を全く覆す黄大尉の発言に、先程より少し大きなざわめきがあちら こちらから起こった。相変わらず面白くなさそうに、黄大尉は手元の端末を操作する。す ると、参加者各々の前に据えつけられたディスプレイに無味乾燥な文面が浮かびはじめた 。
始めのうちは何気なくその文字を追っていた参加者の視線が、目に見えて熱を帯びる。そ れを確認し追い討ちをかけるかのように、黄小龍がたたみかけた。
「I.B.からの犯行声明文です。これは一級機密事項になります。宜しいでしょうか」

ルナはもっとも早く改造および植民が行われた星である。岩とクレーターだらけの死 の衛星は、二層のジオフロントを持つ植民星へと短時間に変化した。今やルナは母星であ るテラと肩を並べるほどの繁栄を誇っているが、だからこそ様々な軋轢を抱えることとな ったのである。
宗主星であるテラと同等、或いはそれ以上の経済力を持ちながら、ルナは未だに独立を手 にしてはいなかった。尤も、黙っていても多量の利益をもたらす金の卵を、そう易々と手 放すはずはない。この点は人類が地上のみに暮らしていたときと大差ない。
そしてもう一つ、人類に変わらない所があった。自らの主張…この場合は独立と自由を主 張し、必要以上に暴走する人々、即ちテロリズムである。
IB= イレギュラー・ブレインは、ルナでは最も歴史があり( という言い方も妙ではあるが ) 、且つ強大な組織力と戦闘力を保持するテロ集団である。その勢力たるや、フォボスの 独立戦線に一枚かんでいると噂される程である。
かつて惑連宇宙軍発足直後、執拗な攻撃を受け壊滅的状況に陥ったとされたIBであったが 、再び活動を開始したのである。そのきっかけとなったのが、"the Third" または"Drei" と呼ばれる人物の登場であった。
彼が何処から現れたのか、知るものはいない。分かっているのは、彼が分断され孤立して いた各部隊を再編する事により、IBは瞬く間に壊滅以前の、いやそれ以上の勢力を得るこ ととなった、と言うことである。
以後、IBはテラ寄りの政府に対して各種のテロ活動を展開している。その凶悪性にも係わ らず、ルナ市民の反発が殊の外少ないのは、市民感情の根底に母星テラに対する嫌悪が有 るからだろう。
かくして、IBは文字通り目の上の瘤といった存在となっていた。

 

次へ
戻る
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送