act6

 

結局、事件の捜査に関してはそれ以上の進展は見られず、次第に迷宮入りの様相を呈してきた。以後新たな報告も底を尽き、当のIBも特に目立った動きを見せることはなかった。
そうこうするうちにテラ惑連情報部所属デイヴィット=ロー中尉のルナへの派遣期間は満了し、予定通りに帰還命令が発令された。
「とんだ無駄足を踏ませちゃってごめんなさいね。まとまりのない捜査陣の実体を露呈させただけだったけど」
宇宙港まで見送りに来た楊香は苦笑いを浮かべながら、紛れのない本心(もっともそのようなプログラムがあるのかは定かではないが)を口にした。何となく気まずさを感じ、デイヴィットは思わず視線を彷徨わせる。
「情けないわよ。あそこまで意識する必要ないと思うんだけど。…見え見えじゃない。張り合って手柄あげようとしてるのが」
あまりにも真実を突いた発言に、デイヴィットは吹き出した。それを知ってか知らずか、楊香はさらに続ける。
「なんて言うのかしら…そう、出来過ぎた親に反抗する息子って感じ?でもちょっと違うな。遺伝子的に言えば同一人物なのよね」
落としてはいるものの、彼女の声は否応なしにデイヴィットの耳に入ってくる。何故かやり切れなさを感じ、ため息を付いた彼の視線の隅に、何やら光る物が入ってきた。
違和感に捕らわれて、デイヴィットはそちらに意識を切り替えた。光る「物体」は次第に空気中への体積を増した。同時に危険信号が彼の内部で激しく鳴り響く。宇宙港にいた人々もさすがに異変に気が付いたらしい。見通しの良いロビーの中で人々は一様に騒ぎ始めた。
「…水銀ドームが発動するなんて…!」
その中で、何が起きているのか理解している唯一の『人物』である楊香がこわばった表情で呟いた。同時にデイヴィットがそれまで感じていた、ドーム内にいるはずの黄小龍の気配が、完全に途絶えた。

水銀ドーム。ルナの主要施設に配備された総合防御システムの通称である。液体状の特殊金属がドームのように施設全体を覆い、ミサイル・レーザーを問わず、内部へのあらゆる物理的攻撃を不可能にする。
平時には決して見ることのできない「それ」が、今目の前にある。わずかに傾いた日の光を反射した水銀ドームを見た者は、戸惑いながらも場違いな美しさを感じたことだろう。
「そりゃ確かにレーザーは中まで届くわよ。でも複雑に乱反射して実際届くのは木漏れ日程度じゃないかしら」
軽く溜め息をつきながら楊香ことNo’17は忌々しげに呟いた。
「だから上は馬鹿だって言ったのよ!自分らが中にいることしか考えてないんだから!助けに行く方の身にもなって欲しいわ!!」
などと叫びながらも楊香は第二層に配備されていたルナ惑連宇宙軍陸戦部隊を押さえると同時に、テラの本部にも話を付けていた。その手際の良さにNo'21は舌を巻いたが、その時の彼女が今目の前にいて上層部を愚痴っている楊香とは同一人物には思えなかった。
「所で犯人の目星はついているんじゃないですか?その様子だと」
水銀ドームとNo'17とを交互に見やりながら、そのままルナ待機を命じられてしまったNo'21は遠慮がちに話を振った。
「見当も何も…他に考えようが無いじゃない」
ドームを見つめるNo'17の視線が鋭さを増した。思わずNo'21は後ずさる。
「船をやった奴らね。それは分かるんだけど」
一旦言葉を切ってから、No'17はNo'21を省みる。
「何をしたいんだか、分からない」
「大尉殿は大丈夫でしょうか…」
「大丈夫も何も…ちょっとやそっとじゃ壊れない…ちょっと待ってよ」
不安げとともとれるNo'21の言葉に、改めてNo'17はまじまじとドームを眺める。そうしながらドームに関するデータを再構成しているようだった。
「さっきから大尉殿の『生態反応』が感じられないんです。同一惑星内にいるT型以上であれば、分かる筈なんですが…」
遠慮がちなNo'21の言葉が終わらぬうちにNo'17は鋭く舌打ちした。
「ドームは完全に外と内とを切り離すのよ…ホストとの連絡が切れると、このままじゃ彼、暴走する…!!」

 

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