act7

 

宇宙港がパニックに陥るほんの数分前に話は遡る。
パニックの原因となった当のルナ惑連ではいつもの如く、捜査部室長と主席捜査官の口論が行われていた。
「しかしね…。これ以上我々が調べて何か出てくる保証はあるのかね?」
いかにも退屈だと言わんばかりに、だが理にはかなった室長の発言に、黄小龍大尉は真っ向から反論した。
「疑問が残る以上、捜査を進めるのが筋ですし、その必要があると思われますが。迷宮入りのまま捜査を打ち切っては相手をつけ上がらせるだけではなく、信用問題にも発展しかねません」
暫しの沈黙が両者の間に流れる。溜め息と同時にそれを打ち破ったのは以外にも室長の方であった。
「…まあここだけの話だが、我々の調査は表向きだけだ。テラからの通達でお膳立てをしたまでのことだ」
「…は?」
「I.B.が関わってるとの決定的な証拠が出た時点で、テラは我々にこの件を任せておく気はない。最初からこの事件は我々の物ではなく、テラの管轄下に置かれた物だ」
「テラ…の、ですか?」
「結局は茶番だよ。我々の見せかけの捜査はテラが本格的に動くまで相手を油断させるための時間稼ぎでしかない。…君も一つの事件を自分一人の手で片付けたいのであれば、こんな所に燻っていないでテラ惑連に異動を願い出ることだね」
僅かに困惑したような表情を見せる黄小龍に、室長は意味ありげな視線を向けた。
「…と、建前はこのくらいにして、君は何も聞いていないのかね?」
「…は?」
何をです。と言いたげな小龍を手で制し、室長は更に続ける。
「事件は我々の手を放れ、君らの領分に入った、と言うことをだよ」
「…御存知…だったのですか?」
戸惑うNo'18に対し、室長は初めて好意的な笑顔を浮かべていた。
「正直、こうして君を目の前にしていても信じがたいがね。いろいろと煩いことも言ったがこれも演技の内と大目に見てやってくれんかね」
これまでの昼行灯と噂されていた室長の行動は、反発を最小限にして管轄をテラへ移動させるための演技に過ぎなかったのである。その事実を目の前に突きつけられ、相手の方が一枚も二枚も上手であったことを理解したNo'18は、暫し言葉に詰まった。当の室長は僅かに悪戯を仕掛け成功させたような少年の表情を浮かべていたが、一瞬の後、公人としてのそれを取り戻していた。
「まあ、君の気にさわるような発言があったことは申し訳なかったがね…」
「…いえ、お気遣い、感謝…」
ようやくその言葉を口にしたとき、No'18の『体内』で何かが文字通り停止した。目眩を感じた彼は、思わず室長のデスクに手を付く。その視界の端に、鈍い光が広がっていくのが見えた。
ほぼ同じくして、背後で扉が開いたのが分かった。だが体内で起きている『変化』に対応しきれず、振り向くことはおろか、声を出すことすらできない。
「な…なんだ、お前は?」
叫ぶと同時に室長は立ち上がり、人事不省に陥りかけている部下をかばうように一歩前へ踏み出した。その僅かな身のこなしからも、それまでの愚鈍さも単なる演技の一環に過ぎなかったことは明らかだ。だが、目の前に現れた相手は、それこそ想像の範囲を超えた物であった。
鈍い音が響いた後、何かが崩れる音。自分の周囲で何が起きているのか、No'18には見えないまでも理解することはできた。まだ十分には言うことを聞かない体で無理矢理扉の方に向き直る。と、まず目に入ってきた物は床に倒れ伏した『上司』であった。その脇には、侵入者がいた。
かすむ視線をゆっくりと上へ移していくと、薄笑いを浮かべる侵入者のそれとぶつかった。
「お前は…!」
かすれた声でNo'18は呟く。だがそれだけだった。頭上で何かが閉ざされるのを感じた。同時にそれまでの『動力』が完全に停止した。腹部に感じるはずのない鈍い『痛み』を感じ、『人形』のように彼は倒れた。

 

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