act8

 

「何をしたの?無関係な人を巻き込まない条件でしょ?」
背後からかけられた鋭い声に、男は振り向いた。その顔には薄笑いが浮かんだままである。戸口には初老と呼ぶにはまだ早い、理知的な美しさの女性が立っていた。
「失礼ドクター。でもこの二人を言葉で納得させるのは、気弱なルナ支部長を抱き込むよりも何十倍の労力を必要とすると踏んだからですよ。特にこのお兄さんはね」
そう言うと、男は自分に寄りかかるようにして意識を失っている若き大尉の顔を、女性の方に向けて見せた。女性は大きく後ずさる。
「まあ力は加減したから、二人とも死んじゃいませんよ。安心してドライの処置の準備をしてください。アダムス博士」
無言で立ちすくむ女性に、男は獲物を追いつめた肉食獣のような笑みを向けた。
「…尤も我々はまだ貴女を信用してはいませんが。惑連ってのはそういう所なんでしょう?…常に我々の目が背後にあることをお忘れなく…」
無数の毒針を含む冷笑から逃れるように、キャスリン=アダムス博士は足早に立ち去った。その脳裏には忘れようとしていた『ある人物』の姿が、浮かんで離れなかった。

彼女が惑連に籍を置いていたのは、もう一昔以上前のことである。
当時惑連情報局内では通称”D計画”と言う疑似生命体を主体とする研究が進められ、彼女もその主要メンバーの一人であった。
そのまま行けば将来を約束されたも同然の環境を彼女が離れるに至ったのは、ある事故がきっかけであった。資料保存用液体を保管していた容器の爆発事故により、研究員の一人、エドワード=ショーンが脳死状態に陥った。苦楽をともにした同僚を失うことだけでも彼女を悲しませるには充分すぎることではあったが、現実は更に残酷だった。…同じ研究に携わっていた一部のメンバーが、研究家庭にある技術を彼に施してしまったのである。
仲間を『実験台』にした、と、彼女は手術に関わった同僚を非難した。同時に彼女は今まで研究の名の下に自らが行ってきた行為を悔いた。自分の声はそれまでの研究に用いられた『検体』となった人々の家族、友人達の声そのものである。
その事実に気がついたとき、彼女は愕然とすると同時に、惑連を離れる決心をしたのである。

多くを語らないまま、彼女は惑連を離れた。
事実を見つめる時間を得るために生まれ育ったルナへと戻った。
だが、彼女が惑連で関わったという現実は、彼女をそう容易くは解放してくれなかったのである。
先刻見た、倒れ伏す大尉の顔が記憶の中の寝台に横たわるかつての同僚のそれと重なり、キャスリンは思わず立ち止まった。
苦い思い出を振り払うように頭を揺らすと、彼女は再び歩み始めた。
今度こそ現実から逃げ出すまいと決意して。

 

 

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