act9

 

冷たい空気を頬に感じ、黄小龍は目を覚ました。
水銀ドームの発動により電子系統による生体維持回路は完全に停止していることはすぐに分かった。そうでもなけれはあんな所で無様に殴られるはずもない。
半ば体を起こし、首筋に手をやると血管が脈打つのが感じられた。これが『生』の証か?俺は生きてはいないのに…。
矛盾した思考に陥りかけた小龍を現実へと引き戻したのは、皮肉にもそのきっかけを作りだした張本人であった。
「もう気がついたのか。私服組最強の噂は伊達じゃないな」
「貴様…連んでいやがったのか…!」
そう言う感覚もいつもと違う。『デジタル』と『アナログ』の違いと言ってしまえばそれまでだが、違和感に慣れるまで少々時間がかかりそうだ。
その小龍の目前で皮肉な笑みを浮かべているのは先日まで事故機の調査結果を説明していた下士官だった。小龍の言葉を困惑と受け取ったのか、彼は勝ち誇ったように話し始める。
「連むも何も…まともな身元調査もしないそちらの人事部に問題があるんじゃないの?普通はこんな体のやつは健康診断の段階で不採用だと思うがな」
言うと同時に彼は右手首をはずした。そこには紛れもない銃口が鈍く光っていた。
「自分の体を改造したのか…馬鹿なことをしやがって…」
低く呟く小龍をせせら笑うかのように、下士官は続けた。
「馬鹿?それを言うあんたらの方がもっと凄いことをやっているんだろ?え、大尉さんよ?」
「D、いい加減になさい!」
更に続きそうな下士官の言葉を遮ったのは、以外にも場違いな女性の鋭い声だった。流石の下士官も一瞬とまどいの表情を浮かべたが、すぐにそれを収めると振り向きもせずに言った。
「ほら、張本人のご登場だ。こんな殺風景なところに何のご用です?アダムス先生」
小龍は自らの耳を疑った。だが、ようやく光に慣れた目が捕らえた物は、見紛うはずもない、行方不明のキャスリン=アダムス博士その人であった。
「怪我人の診察よ。ちゃんと許可は取ってあります。貴方の方こそ持ち場に戻らなくても良いの?」
やれやれとでも言うかのようにDと呼ばれた下士官は軽く両手をあげると部屋を出ていった。鍵をかけていかなかったのは言うまでもない。
「…大した自信だ。確かに部屋から出てもドーム外に出るのは不可能だからな。…この分じゃ解除パスワードも変えられてるだろうし…」
うそぶくNo'18には耳も貸さず、アダムス博士は無言のまま跪き、No'18の腕を取った。僅かに彼の顔がこわばる。だが、アダムス博士は二、三度掴んだ手首と顔とを見比べたが、呆れたようにため息をついた。
「脈拍は正常、顔色もまあ平常の範囲ね。気を失うほどの暴行を受けた直後とは思えないわね。…一体どんな訓練を受ければそうなるの?」
確かに、常識で考えれば機械化手術を受けた人間の一撃を喰らってけろりとしている方がおかしいのである。曖昧にはぐらかしておいてから、黄小龍は謝意を表すと同時にそれ以上の診察を固辞した。
「骨折ほどの重傷だったら自分で分かりますよ…それより博士、どうしてI.B.何かに…」
「断っておきますが、肩入れしているわけではありません。こんな事態になってしまったら、信じろと言う方が無理とは分かっているけど…」
少し肩をすくめると、アダムス女史は小さく溜息をついた。いつもならばこれが本心なのか否か、容易く見分けがつくのだが、流石に今はそうはいかない。No'18は僅かに舌打ちした。が、あることを思い出し顔を上げた。
「さっきの…Dとか言う下士官、調査に入ったって…まさか…」
彼の問いかけをアダムス女史は無言でうなずくことにより肯定した。更に続けようとする小龍の言葉を遮って女史は立ち上がった。
「タイムリミットだわ。もうすぐ私がここに呼ばれた理由が来るの。…結局私は、いつまでも自己満足の偽善者に過ぎないのだけれど…また来ます。当分無理はしない方が良いと思うわ」
「待っ…!」
悲しげに笑うと、アダムス女史は意を決したように部屋を出ていった。それを追おうと立ち上がろうとした小龍の視界を、黒い陰が遮った。
「な…!」
訳も分からないまま、小龍は膝をつく。視界と同様、思考にも黒いもやがかかり始めた。
そして、彼の意識は完全に途切れた。

 

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