act2 ability

「…じゃ、それがすんだらそっちのを上の棚にのせといて」
自慢ではないが、パットは自分の状況の変化に対する順応力の高さと臨機応変さには自身があった。加えていかにして生き残る道をさぐるかという能力にも長けていると思っていた。そうでもなければこのだだっ広い大陸で、一人で生きていけるはずがない。
運良く(?)そんな彼女に拾われ、路上での野垂れ死にを免れたフォースと名乗る男は、先ほどから黙々と彼女の指示(命令?)に従い、お陰でかなり荒れ放題になっていたコンテナの内部は、見違えるほどになっていた。
「ほんと、助かったわ。あたし一人じゃ持ち上がらないもの。…何だか知らないうちに随分物が増えちゃったわね…」
久しぶりに視界の開けたその中で、パットはしみじみと呟く。なにやら得体の知れない物が詰まった箱を棚の上に乗せ終わったフォースは、ゆっくりと首を傾げた。
「これは…何に使うんです?見たところ、全部何かの部品みたいですが…」
遠慮がちに尋ねる彼に、パットは笑って見せた。
「そう、これだけじゃただのがらくた。部品どころか部品を作る欠片でしかないのもあるよ。でも仕事に必要だから、ゴミは一つもないの」
「仕事…ですか?」
「あれ、まだ言ってなかったっけ?あたし、『直し屋』なの。結構腕はいいんだよ」

『直し屋』とはミリオンによる支配体制が確立し、文明がヒトの手から奪われてから発達した職業の一つである。
文明そのものが奪われても、奪われる以前にもたらされた物は存在する。武器と、それに類する危険性のある物以外は、ミリオン達はヒトの手からそれらを奪おうとはしなかった。
だが新しくそれらを製造する技術は奪われている。結果として、既にある物を使える限界まで使っていくしか残された道はない。そこで現れたのが『直し屋』と呼ばれる人々である。彼らは大陸を渡り歩き請われるままに『文明の利器』の修理を行い、時には『鉱床』と呼ばれるかつては『埋め立て地』や『ゴミ捨て場』だった所からそれに必要な道具などを集める。無論誰でもなれるわけではないが、腕が良ければ無条件に大陸を移動できるフリーパスが与えられるので、一種憧れの職業でもあった。同時に彼らは飛び飛びに生息する『ヒト』達にとって、重要な情報源でもあった。
「『西の聖母の街』に行くのもそれなのよ。あの近くに良い鉱床が出たらしいって、この間すれ違った同業者から聞いたもんで…でも…」
数日前その話を教えてくれた逆送する同業者は、道の途中に黒ずくめの男が落ちているなんて話はしていなかった。すると、彼はどこから来たのだろう。疑惑の瞳をパットはフォースに向ける。
「けれど…これだけあれば、もう大丈夫ではないんですか?」
だが、当の本人は全くそれに気付く様子はない。素なのかわざとなのか計りかねながらもパットは答える。
「そうもいかないのよ。物によってはどうしてもこのネジじゃなきゃ入らないってのもあるし…っつ!!」
「どうかしましたか?」
思わずフォースは歩み寄る。見るとパットの右掌から僅かに赤い物が流れ落ちていた。
「…片づけてるときにどっかで切ったみたい。平気よ、なめとけば治るから」
「見せて下さい」
有無を言わさず、フォースはパットの手を取る。そして、自らの両の手で優しく包み込む。次の瞬間起きたことに、パットは自らの目を疑った。
いや、それは気のせいと言われればそれまでかもしれない。だが、自分の掌が包まれた瞬間、目の前の黒ずくめの男を、暖かな光が包み込んだ…そんな気がした。
「…え…?」
そして再び自らの手を見ると、そこにあったはずの切り傷は、綺麗さっぱり消えていた。
これ以上無いくらい目を大きく見開いて、パットはフォースをまじまじと見つめる。
「あんた…『能力者』だったの…?」
「『能力者』…?私は…ただ、傷が治ればいいと、願っただけです…」

『文明』をその手から失ってから、一部の『ヒト』には明らかな変化が現れた。
すなわち、彼らの総称が『能力者』である。
もっとも殆どが金目当ての与太話のたぐいではあるのだが、触れただけで怪我を治しただとか、正確に未来を言い当てたなどといううわさ話は後を絶たない。
無論『ミリオン』達もそう言った者達を野放しにして置くはずもなく、厳しい監視を付けているだとか、『危険分子』と判断された場合は密かに収容し懐柔或いは処分を行っているなどとまことしやかに言われている。
目の前で事実を見せつけられてしまっては疑いようもない。そうすると…。
「もう一度聞くけど…あんた一体どこから来たの?」
だが、フォースは悲しげに首を横に振るだけだ。
「…そんな顔しないでよ…あたしがいじめてるみたいじゃない…」
溜息をつきながらふと、パットは困ったようにフォースから手を引く。その時視界に入ってきたのは彼の手首に残る古い傷跡だった。いや、傷跡というのは正確ではない。僅かに茶褐色に変色してしまった皮膚から察するに、それは火傷の跡だろう。けれど、どうしてそんなところに…。いや、でも前にどこかで…。
けれど、脳裏の奥底にあるはずの記憶は、またしても掘り起こされることを拒否した。どうもおかしい。苛立ちながらパットは頭を掻き回す。
改めてパットはここ数日の自分の記憶を反芻する。ハイウェイに設置されているお尋ね者のポスターにはこの顔は無かったはずだ。いや、お尋ね者がこんな怪しげな格好で歩いているはずがない。
ならば、自ずと結論は導かれる。
「まあ、機械の直し屋が人の直し屋をつれていても文句はいわれないよね」
「…はい?」
「検問所通るときは知らぬ存ぜぬで通してね。街入ったら色々手伝って貰うから」
「…はあ…」
「さ、そこが終わったらこっちお願い。止まったら止まったでやることは一杯あるんだから」
遙かな地平線の彼方に既に日は落ち、広大な空には夜のとばりが降りようとしていた。

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