act3 doubt

そして、すっかり日は暮れた。
元々人も住まないところを貫く大陸横断道路である。街灯などと言う洒落た物はない。トレーラーの周囲は完全な暗闇に閉ざされていた。
食べられない物とか無いわよね、という言葉を残して台所に籠もっていたパットは、しばらくしてから二人分の食事を手にして再び姿を現した。唖然とするフォースの前にパットは次々と皿を並べていく。
「あり合わせの物しか無いけれど、ごめんね。大陸股に掛けてると、どうしても保存食ばっかになっちゃうのよね」
「…はあ…」
が、相変わらずかえってくるのはどことなく間の抜けた返事である。先ほど、不思議な力を見せた人物と同じとはどうしても思えない。内心首を傾げ、溜息をつきつつも気を取り直してパットは話を切りだした。
「今日はここで止まって、夜が明けるのを待つから。明日日が出てから出発して、昼過ぎには西の聖母の街に着くと思う」
スプーンを手にしたままフォースは頷く。脱力感を感じながらも気を取り直し彼女は続けた。
「あんたは取りあえずあたしの助手ってことで街の入口突破するから。…取りあえずその格好じゃやばいかもしれないわね。後で着替えてくれる?」
神妙な顔でもう一度、フォースは頷く。その反応を気にするでもなく、パットは自分の食事と格闘しながらさらに続けた。
「それと、入口でハンドレットに何か聞かれるかもしれないけど、変なこと言わないでね。話がややこしくなるから。…まあ、あんたなら素で行っても全然大丈夫と思うけど」
「……はあ…」
ハンドレット。それは支配者階級となった『ミリオン』直属の『人間』の総称である。『人間』でありながら『ミリオン』の手足となって権力を振るう彼らを、人々は快く思うはずがない。忌み嫌いながらもだがその背後にいる物の力に畏れおののいている、と言うのが実際の所である。
「せこいわよね。奴ら、」
「せこいって…ハンドレット、ですか?」
やはりどこか間の抜けたフォースの問いかけに、パットは大きく首を横に振り、行儀悪くスプーンを振り回しながら力説した。
「あいつらは所詮ミリオンの駒よ。元々はあたし達と同じなんだから。せこいのは上にいる奴らの方。奴らは自分の手を汚すことは絶対しない。粛正とか、血なまぐさいことはハンドレットにやらせて。…同族同士でいがみ合いさせて共倒れになるのを待ってるのよ」
一気に言ってしまうと、彼女はコップの中の水を一気に飲み干し大きく息をついた。そして身じろぎもせずに聞き入っているフォースにちらりと目をやってから、ぽつりと呟いた。
「あいつら…自分たちを聖人君子か何かだと思ってるのよ。天使様宜しく羽根なんか生やしちゃって…顔だって絵に描いたみたいに綺麗で…」
「…失礼ですが、貴女はミリオンに会ったことがあるんですか?」
予想外の質問にパットは思わず食事の手を止める。しばらくまじまじとフォースの顔を見つめてから、何故か彼女は僅かに姿勢を正した。
「前にね。本当に小さい頃。死んだ親父が国の軍需工場に勤めてたから、その関係で…って、何また泣きそうな顔してるのよ」
「いえ…嫌なことを思い出させてしまったかと…」
生真面目に答えるフォースにパットは吹き出さずにいられなかった。ひとしきり声を立てて笑い、そしてようやくその発作が収まってから、僅かににじんだ涙を拭きながら言った。
「大丈夫。親父が死んだのはあいつらとは無関係だし。第一、三年も前よ。何もあんたが気にしなくても…」
「三年前、ですか…」
そう返すフォースの瞳に、一瞬とまどいにも似た光が浮かんで消えた。だが、当の本人はそれには全く気が付いてはいないようだった。ふと、それを目にしたパットの脳裏に、何とも言えない違和感が靄のように広がっていく。そう、親父は三年前、病気で死んだ。一日泣きはらしたし、それに唯一の肉親の死を忘れるはずがない。いや、間違いはないのだが、その前に何か…。けれど、違和感という断片を掘り起こすことは出来るのだが、肝心な本質をどうしても思い出すことが出来ない…。
「…どうか、しましたか?」
声をかけられて、パットは慌てて顔を上げる。どうやらパンを手にしたまま硬直していたらしい。照れ隠しの笑いを浮かべるパットを、フォースはどことなく間の抜けた表情で見つめていた。

何気なく覗いた父の部屋。そこに確かに父親はいた。だが、それは尋常ではなかった。
父親はこちらに背を向けた男に、片手で首を絞められている。むき出しになっているその二の腕には、なにやら文字のような物が彫り込まれているが定かではない。父親の足は、床から15センチほど浮き上がっている。やがて男は、首を絞め上げている手を離した。赤紫に変色した顔色の父は、それこそゴム人形のように、床に落ちた。
「…と…父様…」
掠れた声が思わず彼女の口から漏れる。それに気付いた男が、ゆっくりとこちらを振り向く。その背に、次第に黒い大きな翼が現れる。そして…。

「……―――っ!!」
思わず叫び声を上げ、パットは勢い良く起きあがった。パジャマもシーツも、気持ち悪いくらいに汗でぐっしょり濡れている。
嫌な夢…いや、夢にしてはやけにはっきりしていたような気がする。でも、あれは一体…。
無理矢理それを振り落とすようにぶんぶんと頭を振ると、パットはベッドからすべりおり、いつもの作業着に着替え外に出た。が…。
「…何してんのよ」
丁度扉の真ん前に立ちつくすフォースに、少々機嫌悪い声で言ってみてから、数秒間、パットは彼の姿をまじまじと見つめた。どこか間の抜けた顔はそのままだが、着ている物は昨日の黒ずくめではなくて、彼女が用意した作業着姿だった。
「いえ…悲鳴みたいな声が、聞こえたので…」
心配になって、と気弱そうにうつむくその肩をぽんぽんと叩きながら、パットはある物を手渡した。
「…これは、何ですか?」
「リストバンド。手首にはめといて。その跡、見ていて少し痛々しいんだもの」
食べたらすぐに出発するからね、そう明るく告げながらも、先ほどの夢がパットに妙に引っかかっていた。

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