act4 break through

遙か前方に『西の聖母の街』に入るための検問所が見える。
検問所とは言っても木で設えただけの一見お手軽な物だ。けれど、そこに常駐している『モノ』の表情から察するに、決してお手軽に通してもらえそうもない。
「あれがハンドレット」
早い話がミリオンの腰巾着よ。好意の欠片も感じられないパットの言葉に、助手席に座っているフォースは目を凝らして前方を見つめる。遠目に見ても『ハンドレット』の様子は普通ではなかった。いや、外見こそ普通の人間なのだが、目つきやその雰囲気は明らかにどこかおかしかった。
「…あの…あれは…人間、なんですよね?」
「元々はね。今はどうだか」
天使に魂を売った悪魔なんじゃないの、と、冗談とも本気ともつかない言葉を吐き出しながらパットはブレーキを踏み、トレーラーを減速させた。フリーパスを持っているとはいえ、色々なあらを探してくるのがハンドレットだ。絶対余計なことを言わないでよ、と隣に座るフォースにもう一度釘を差してから、パットは窓を開け、胡散臭そうな表情をしているハンドレットに自らの通行書と『直し屋営業許可証』を示した。
「滞在期間は規定通り10日間。業務上の諸般の事情で延びるようだったら正規手続きをとります」
彼女が大陸を縦横無尽に移動してきたことを示す、通行許可の判が無数に押された通行書と、その持ち主とを交互に見やり、一度重々しく頷いてから、検問官のハンドレットはふと助手席の方に目を向けた。
「…拾った助手よ。確か二年以上の実績があれば、一人は無届けで同行させて良かったよね?」
そのパットの言葉に、もう一度頷いてから、改めてハンドレットは営業許可証に目をやった。
「確かに一人ならこちらの許可を仰がずとも可能だが…」
射抜くような視線を、ハンドレットはパットに向ける。だが、ここで萎縮するわけにもいかないので、パットはどうにかそれを真正面から受け止める。
「『聖母の街』からは、街を出た住人がいるとの報告は受けていないが」
初めてパットは言葉に詰まる。
…そう。実績に応じて、無許可でも助手を持つことが出来る。だが、街を出るときには入るときと同様、『ハンドレット』の許可がいる。そして、パスにはそれまでの移動の記録が残っている。パットがここにくる前に滞在したのは『聖母の街』。フォースを拾ったのは二つの街の間。無論『聖母の街』からの記録があるはずがない。
その記録が無いと言うことは…不法退去。または住民記録に未登録。どちらにしろ厳罰は免れない。
「ほらそっちの。I.D.はどうした?」
…やばい。内心冷や汗をかきながらパットは膝の上で両手を強く握りしめる。居丈高に迫るパットに対し、だが、フォースは静かに視線を返すだけだ。
「黙ってないで何か言ったらどうだ?!」
怒気をあらわにしてハンドレットは掴みかからんばかりに歩み寄る。
「…通しては、頂けませんか?」
それまで聞いたこと無い、感情の感じられないフォースの声がパットの脳裏を打つ。理由のない空恐ろしさを感じ、彼女は思わず身を引いた。
「…通ることを、許可していただきたいのですが…」
再びフォースの声が流れる。同時に、昨日パットの掌の傷を治したときと同じく、不思議な光が彼の身体を包んだ。またそんな気がした。
「…通行を…許可…する…」
虚ろな声に、パットはハンドレットを省みる。今までの威勢の良さはどこへやら。別人のような力無いその姿に、彼女は言葉を失った。
「…通ってもかまわないそうですよ?」
やや牧歌的なフォースの声に我に返ったパットは、慌てて頷くと、ハンドレットの気が変わらぬうちにトレーラーを発進させた。

「…あんた、一体なんなのよ」
検問所を抜けてのパットの第一声は、不機嫌さを隠さない、ぶっきらぼうな物だった。
「…何…とは、…何でしょう…」
相変わらずどこか抜けたような返答に、パットは力強くブレーキを踏む。そのかなり乱暴な運転に、トレーラーはけたたましい抗議の声を上げた。
「…危ないですよ?」
「そうじゃなくて!」
ぎっと睨み付けるパットにも、フォースは全く動じる気配はない。完全に天然ボケなのか、よほど根性が座っているかのどちらかだ。
「あのね、あたしのケガ治すくらいならただの能力者で話はすむの。でもね…」
大きく溜息をつき、少し頭を冷やしてから、彼女は言葉を継いだ。
「…ハンドレットは、主人であるミリオンの命令しか聞かないのよ?それなのに…」
今度も通してくれるように願っただけなの?と困ったように聞くパットに、フォースはこくこくと頷いた。
悪いやつではない。それは確かなのだが、でも…。
昨日から幾度となく浮かんだ疑惑とも何ともつかないその思いを強引に振り落とすと、パットはアクセルを踏む。
前方に、『西の聖母の街』の町並みが、姿を現した。

next

back

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送