act5 First day

 

西の地平線は早くも見事な紅から複雑な色合いを経て漆黒へと移り変わろうとしている。
今日一日、パットの『手伝い』にかり出され、居並ぶ人々の交通整理からギャラリーのお子さまの相手、はたまた完成品や届け物の配達をこなしたフォースは、ややぐったりとソファに腰を下ろしていた。
そう、『直し屋』は本来の物品修理と言う仕事だけでなく、離ればなれになった人々の間を繋ぐメッセンジャーのようなこともしているのだ。街に着くまでの間に一応聞いてはいたものの、聞くのとやるのとでは大違いである。
しかし、その張本人は珍しく親切によく冷えた水を差しだした。
「大丈夫?ま、こんなのは初日くらいだから。明日からはもう少し落ち着くと思うけど?」
屈託なく笑ってその正面に腰を下ろすと、パットはそこに転がしてあった何某かの機械を熱心にのぞき込む。恐らく今日預かってきた何かの道具なのだろう。
「『写真機』っていうの。中にフィルム入れて風景とかを焼き込んで、それをまた薬付けして紙に写し取るんだよね…ま、本体直しても、フィルムが作れないんじゃしょうがないけど」
でもそれを言っちゃ商売にならないから黙ってたけど、と、パットは再び笑う。
「それより…お子さまの相手、上手じゃない。助かっちゃった。…凄く慣れてたけど、前に何かしてたの?」
「…さあ…」
「…さあって…、自分のことくらい覚えていなさいよ」
まだ思い出せないの、と問うパットに、フォースはこくこくと頷く。だが、そんな彼にパットは疑惑の目を向けた。
「…っつーか、あんた、都合の悪いことだけ忘れてるんじゃないの?」
今度は勢い良くぶんぶんと首を横に振る。
ま、子どもに好かれるくらいだから、悪いやつでないとは思うけど…やれやれとでも言うようにパットは深々と溜息をつく。自分が色々と詮索しても本人が思い出さない以上どうしようもないし。思い直すとパットは改めて口を開いた。
「じゃ、気長に思い出してよ。明日もギャラリーのお子さま、よろしくね」
その言葉に、フォースは何故か煮え切らない表情でこちらをじっと見つめている。
「何?それとも直した物の配達の方が良い?」
「いえ…そうではなくて…」
珍しく深刻な響きのその言葉に、パットは一端浮かしかけた腰を再びソファに落ち着けた。それを待ってからフォースは、静かに切り出した。
「その…仲間はずれというか…遠巻きに見ているんですが近寄ってこない子がいて…少し気になるんですが」
私に何か原因があるんでしょうか、とうつむくフォースをパットは神妙な面もちで見つめる。僅かに躊躇った後、彼女は沈黙を破った。
「たぶん、近い親戚…たぶん親かな…が、収容所送りになってんのよ。それでみんなから爪弾きにされてるの。あんたのせいじゃないって」
「収容所…ですか?」
驚いたように顔を上げるフォースに彼女は不承不承頷いた。
「昔の軍の関係者とか、政府の要人とか…後は今のミリオン支配体制に歯向かったヒトとかをね、ハンドレットが手当たり次第にぶち込んでるの。皆ハンドレットの目が怖いから、その家族は村八にされちゃうのね」
今時、どこの街でもあることだから、と言うパットに、フォースは目を丸くする。
「ま、あたし達はよそ者だから、そんなに気にしなくても平気だと思うけど…あ、こっちは片づきそうだから、しばらく休んでいいよ」
食事になったらまた声をかけるから〜とでも言うようにひらひらと手を振るパットに従い、フォースは立ち上がる。そして戸口で立ち止まり…何かを呟いた。
「…え?」
思わず立ち上がるパットに、フォースはいつものどこか抜けた笑顔を向け、暗がりに消えた。
…まだ、思い出さないんですね…
辛うじて耳に届いたその声は、そう言っていた。そんな気がした。

僅かに頭をもたげた疑問を包み込むように、夜が訪れた…。

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