act7 Turning Point

それからしばらくの間、何事もなく、慌ただしくもどこか長閑な日々が続いた。
心配していたあの一件も表面上は全く人の口に上っている気配もない。
「ウチは他のとこから全然相手にされてないから大丈夫だよ。何せ、誰も口をきいちゃくれないんだから」
少し日をおいてから具合を見に少年を訪ねると、彼は年に似合わない大人びた少し斜めに構えた笑みを浮かべながらこう言った。内心ほっとしつつも、その残酷な現実にパットは僅かに表情を曇らせる。
「安心しろよ。…オレは誰も裏切らないからさ」
突然飛び込んできた少年の言葉に、パットは顔を上げる。だが、既にその時彼の姿は遠くにあり、パットに向かってにこやかに手を振っていた。

その日の夕方のことだった。
大量の預かり物を抱え前を歩いていたフォースが、前触れもなく足を止める。
「…何してんのよ」
勢い余ってその背中にぶつかったパットは思わず毒つく。しかし、立ちつくすフォースの視線の先を見やった彼女は、口をつぐんだ。
そこに停まっていたのは、黒塗りのトレーラーだった。大きさはパットのそれの比ではない。そしてその中から、どこか尋常でない空気を漂わせた男たちが三々五々、出入りしていた。
「…早くいきましょ」
慌ててパットは立ちつくすフォースの袖を引っ張る。
「あれは…一体、何ですか?」
「軍の…ハンドレットの移動基地よ」
忌々しいとでも言うようにぶっきらぼうに吐き捨ててから、再び彼女はフォースの袖を引く。…やばい。直感的にパットはそう感じていた。とにかくこの場を離れた方が良さそうだ。そんなパットの内心とは裏腹に、フォースは相変わらずずるずると引きずられている。
だが、確実に事態は望まれない方向に動き始めていた。

少なくなってきたとはいえ、相変わらずお子さまの群に取り囲まれながらパットは仕事を続けていた。
滞在期間もそろそろ終わる。預かった物の数もだいぶ減ったが、そろそろラストスパートをかけなければ。でもこのまま行けば延長手続きをとらなくても大丈夫そうだ。正直、一刻も早くこの町から出たい。…そういえば最近、帰ってないや。あの天然ボケにあたしの故郷を見せても良いかもしれない。
手を止めることはなく、そんなことをぼんやりと思いながら、ふとパットは顔を上げた。何かが違う。いや、何かが足りない。彼女は周囲をぐるりと見回し、それが何であるか気が付いた。
あの少年の姿が、無い。
…オレは誰も裏切らないから…
最後にその姿を見たときに、彼が発した言葉が耳に甦る。
「ねえ、いつも遠くから見てたあの子、知らない?」
思わずパットは尋ねると、それまでのざわめきが水を打ったように静かになる。
「…あいつは…ハンドレットのパシリだから…」
顔を見合わせる子どもたちからどこからともなくそんな言葉が聞こえてくる。少年の言葉と、昨日のハンドレットたちの姿がパットの脳裏で一つに繋がった。
…彼女はあることを、決意していた。

ようやく配達を終え戻ってきたフォースは、薄暗がりの中に現住所となっているパットのトレーラーを認め、思わず数度瞬きした。
もうだいぶ日も傾き、夜の帷がおりかけているにも関わらず、トレーラーには明かりがついていない。この時間なら、パットはまだ細かい作業をしているはずだ。にもかかわらず明かりがついていないのはおかしい。
しばらく立ちつくしていたフォースは、不意に自分の周囲を子どもたちが取り囲むのに気が付いた。
「…どうしたんです?」
「お兄ちゃん、お姉ちゃんが行っちゃった」
「もし明日までに帰ってこなかったら、お兄ちゃん一人ででかけてって」
口々に言う子どもたちの顔を一通り見やってから、戸惑ったようにフォースは口を開く。
「あの…パットは、何をしに、何処へ行ったんです?」
フォースのどこか抜けた問に、子どもたちは互いに顔を見合わす。
「だって、誰も止めなかったじゃん」
「あんなパシリ、助けなくったっていいって…」
「黒いトレーラーのおじさんたち、怖い顔してるし…」
「パットは、ハンドレットの所へ、行ったんですか?」
やや強い口調のフォースに、少しおびえたように子どもたちは頷く。
「駄目だよ、お姉ちゃんが絶対来るなって!」
「行ったら僕らが怒られちゃうよ」
「お兄ちゃん帰ってこられないよ!」
口々に叫ぶ子どもたちに僅かにフォースは笑いかける。
そのまま彼は、その場を後にした。

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