act10 Recollection

長い夏休みにはいるため、パトリシアは大きなトランクを押しながら、久々の家路を急いでいた。
早くに母を亡くし、軍需工場に勤める父は留守がちなため、彼女は寄宿学校に通っていた。
ふと、彼女は足を止める。それは荷物の重さから来る疲れもあったが、一番の理由は家の前に車が止まっているのが見えたからだ。遠目に見ても軍用と解るそれは、父親の職場関係の物だろう。だが、まだ日も高いこの時間、父親が帰ってくるはずもない。
嫌な予感を感じつつも、彼女は心持ち歩みを早めた。果たして玄関口には、見覚えのある軍人がうわべだけの笑顔を浮かべて立っていた。
「やあ、パトリシアお帰り。お疲れさま」
無言で彼女は頭を下げる。正直彼女は、父親の直接の上司でもあるこの軍人を好きではなかった。いや、むしろ嫌いと言っても良かった。だが、相変わらず軍人は自分以外の全てを見下すような笑みを張り付かせていた。
「明日から休みだって?こんなご時世に昼間と言っても一人じゃ物騒だと思ってね」
言いながら軍人は車の方に目で合図を送る。何事かと思いつつそちらに目をやると、兵士二人が車後方の荷台の扉を開き、中へと消えた。
「ボディガード代わりというのは何だが…仲良くしてくれるとありがたいんだけれどね」
その言葉に呼応するかのように、先程の二人が車内から黒ずくめの男を車内から引きずり出しながら再び姿を現した。各々、強引に腕を掴み、彼女と軍人の前に彼を放り出す。突然のことに、パトリシアは思わず後ずさる。
これじゃ顔も見えないだろう、と言う軍人の言葉に、兵士のうち一人が乱暴にうずくまる男の髪を引っ張った。
絶望と怒り。黒曜石のような男の瞳からパトリシアが感じ取ったのはこの二つだけだった。言葉を失う彼女に、軍人はある物を示した。
「まあ、大丈夫だとは思うが、まだまだ人にあまりなつかなくてね。万一危害を加えられそうになったらこのスイッチを押すと良い」
「………!!」
言葉にならない絶叫に、彼女は耳をふさぎ目を閉じる。暫し軍人はもだえ苦しむ男を、薄笑いを浮かべつつ見下ろしていたが、ようやくスイッチを押している指を放した。
「彼の両手首には電子手錠がかけられていてね、これを押すと見たように命には別状無い程度の電流が流れる」
言葉を失い立ちつくすパトリシアの首に、軍人は件のスイッチの鎖をペンダント宜しくかけた。そして言外に入口のドアの鍵を開けるよう促した。

ソファに横たわる黒ずくめの男を、パトリシアは見つめながら途方に暮れていた。果たしてどうすれば良い物か、全く見当もつかない。
その時、家の中へかつぎ込まれてからこの方ずっと閉ざされていた男の目が開いた。吸い込まれていきそうな黒い瞳が写している物は、不安と疑問、そして…。
「ごめんなさい…」
パトリシアの目から、大粒の涙がこぼれる。男の表情が、少し動いた。
「私たち、ひどいことを…ごめんなさい…」
泣きじゃくるパトリシアにに、男は半身を起こし、手を差し伸べる。
「…泣かないで…貴女は…何も、悪くない…」
涙に濡れた目で、パトリシアは男を見る。黒い瞳は僅かに笑っているようだった。

日もすっかり暮れ、彼女が知る限りでは早い時間に帰宅した父親は、黒ずくめの男を一目見るなり、あの野郎が約束を守ったか、と一言つぶやき、大きく安堵の息をついた。
「覚えているかな、工場で一回会っただろう?いや、我々の行為を、君たちにはなんと謝ったらいいか…」
深々と頭を下げる父親に、男はだが首を横に振った。このやりとりで、パトリシアは薄々、始めて二人が会ったとき一体何があったのかを察した。
「そうだ、まだ自己紹介をしていなかったね。私はジョン=フォール、こっちは娘のパトリシアだ」
そう言われて男は僅かに首を傾げる。
「その…君の名前は…君のことをなんと呼んだら良いのかな?」
「私…は…管理登録番号…1004…」
男の言葉に、父娘は顔を見合わせる。
「それは名前じゃないからなあ…ええと…」
ジョンは困ったような男と戸惑ったような娘とをしばらく見比べていたが、やがてぽんと手を打った。
「1004…サウザント・フォース…そうだ、じゃあ、フォースと呼んでも良いかな?」

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