act14 She said that...

 

失われていた記憶が甦ったのか、パットは今までに見せたことの無いような重苦しい表情を浮かべ膝の上で握りしめられた自らの拳を見つめている。
「そのまま、私は飛び続け…翼が動かなくなるまで…そのうち、意識が薄れて…完全にそれがとぎれる前に、最後に思ったことは…」
一瞬の躊躇のあと、黒髪の『堕天使』は、その姿を直視するのを避けながら低い声で言った。
「貴女にもう一度会って…それですむことではないとは解っていますが、どうしても謝らなければ、と…」
「…で、気が付いたらあたしに拾われていたの?」
その間、それこそ十年以上どこで何をやっていたのか、全く覚えてないの?と言いたげなパットに、フォースは例の如く頷く。いつもと変わらぬその様子に、パットは思わず吹き出した。
「あ、あの…」
慌てて立ち上がろうとするフォースにひらひらと手を振り、ようやくパットは顔を上げた。そこには僅かに、苦笑にも似た笑みが浮かんでいる。
「ちょっと待って。取りあえずあんたが何者で、どうしてこうなったのかは何となく解ったから…今度はあたしにも話をさせてよ。…それに、前にも行ったでしょ?」
話が見えず首を傾げるフォースに、パットは畳みかけるように言った。
「親父は三年前、病気で死んだって…。あんたは親父を殺しちゃいないのよ」
固い岩石の底から封じ込められた記憶の鉱脈を掘り進むかのような口調で、パットは『あの時』のことをぽつりぽつりと語り始めた。

ぴくりとも動かない父を目の前にして、パトリシアは開け放たれた窓と、風にはためくカーテンとを見やるだけで、何もできずそこにへたり込んでいた。
「…どうやら遅かったようだ」
「彼は行ってしまったようだな」
不意に聞き慣れない声…いや、声と言うよりはむしろ響きあう音の集合体と言う方が正しいかもしれない…がして、彼女は恐る恐る振り向いた。戸口にはいつの間にか、こちらを見やる人影があった。
それを『人』と呼ぶには語弊があった。彼らの容姿はそれこそ絵に描かれたように非の打ち所がなく、波打つように自然なウエーブがかかった髪は、まばゆいばかりの金色である。何より彼らを完全に『人』と分け隔てているのは、その背に広がる純白の翼だった。
立て続けに信じがたい光景を目の当たりにして言葉も出せずにいるパトリシアに、そのうちの一人が歩み寄った。そして、彼女と倒れ伏すジョンとを交互に見やりながら、静かに告げた。
「我々はどうやら間に合ったようだ」
「どういう意味だ?彼はもう…」
「確かに彼は飛び去った。けれど」
深い青色の瞳を僅かにパトリシアに向けてから、彼は宣誓するような口調で続けた。
「彼にはまだ息がある」

「もちろん…ミリオンの力を使っても五体満足とまでは行かなくて…少し足に麻痺は残っちゃったんだけど、親父は運良く一命を取り留めて…軍に反発しようとしたってことで、他の軍関係者と違って大した制裁も受けなかったし…結局、親父の読みは当たったのね。それからよ。ちまちまと直し屋を始めたのは」
けれど、とパットは言葉を切った。近所から持ち込まれる物を黙々と修理している父親の背を見つめるのが、何故か怖かった。理由は解らないけれど、この家にいるのが怖くなったのは、それからだった、と言う。
「今にして思えば、あたしもミリオンに記憶をどうかされてたのかもしれない。親父が最期に『彼を恨んじゃいけない』って言ったんだけど…」
恥ずかしいけれど、何のことを言っているのか全く解らなかった、言いながらパットはぺろりと舌を出した。どうやらすっかりいつもの彼女に戻ったらしい。大きく息をつくと、彼女は緊張がとぎれたように笑った。
「あたしもあんたのこと言えないわね。結局あたしもあんたのことすっかり今の今まで忘れてたんだもの…ちょっと、どうしたのよ?」
慌ててパットは腰を浮かす。目の前に凍り付いたように座っていたフォースの頬を、二筋の涙が伝い落ちていた。
「…解りません…ただ…その…うれしいのか、どうなのか…」
それを拭おうともしないフォースの肩をパットは掴み、少々乱暴に揺さぶる。
「男が何泣いてん のよ…情けないじゃない…」
「そう言うあなたも…」
そう、笑みを浮かべているはずのパットの瞳にも、僅かに光る物がある。互いに泣き笑いの表情で見つめ合いながら、先に吹き出したのはやはりパットの方だった。
「…取りあえず顔洗ってらっしゃいよ…安心したらお腹空いちゃった…」

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