act15 the END

 

「…これから、どうするの?」
食事の手を止めることなく、しかし唐突に、パットは切り出した。自分とパット。それ以外誰もいないはずなのに、周囲をぐるりと見回して、その問いかけが自分に対して投げかけられた物であると確認してから、フォースは困ったように数度瞬きをしながら、どこか抜けた返答を返す。
「これから、ですか?」
「取りあえず、あたしはこれ以上ここに長居したくはないの。預かり物もあらかた全部お返しできたし、あとは鉱床を少し漁ってから出発しようかと思うんだけど」
そんなフォースの様子を全く意に介さず、パットは畳みかけるように一気に言う。無言のままそれを見つめるフォースに、一瞬ちらりと視線を向けてから、パットは少し、照れくさそうに言葉を継いだ。
「その…一緒に来る?最近殆ど帰ってないから…あの…久しぶりに親父の墓参り、しようかと思ったの。あんたが来れば、親父もたぶん、喜ぶと思うし…」
「ジョンの…ですか?」
さらに瞬きをしてから、戸惑ったように言い返すフォースに、パットは少々乱暴に首を縦に振った。
「でも…良いんですか?たどり着くまでに、またハンドレットの検問に遭わないとも限りませんし…そのたびに貴女に迷惑をかけてしまうのも…」
「そんなのは簡単よ。ここに入ったときみたいに『無かったこと』にして貰えば良いんだから」
「…はあ…」
どこか気のない返事を返すフォースに、ビッとパットは指を突き立てる。反射的にフォースは姿勢を正した。
「うだうだ言ってないでよ。あんた、男でしょ?それとも一緒に来たくないの?」
「ご一緒したいのは山々なんですが…本当に良いんですか?私は、ジョンを…」
さらに続きそうなフォースの言葉を、鋭い視線を向けて遮って、パットは相変わらず困ったような彼に向かって僅かに笑いかけて見せた。
「大丈夫。さっきも言ったでしょ?親父はあんたを恨むなって言い残して逝ったんだし…きっと待ってると思う」
「…ありがとう…ございます…」
「じゃあ決まりね。…片づけ当番、今日は確かあんただったよね?」
「…はい?」
相変わらず間が抜けたフォースの返事に、パットは思わず笑っていた。

翌朝、いつものように目覚めたパットは肌寒さに思わず身震いした。彼女が良く知る、孤独が呼ぶ寒さである。胸騒ぎを感じ、彼女はパジャマの上から上着を羽織り、居間兼食堂に駆け込む。ここ数日、ぬぼけた表情を浮かべて、食事の支度をしているはずのフォースの姿は、そこになかった。
胸騒ぎを感じ、パットはその格好のまま外へ走り出る。家々が身体を寄せ合うように立ち並ぶ方ではなくて、村外れの高台に人影を認め、パットは一息に駆け上がった。
「…フォース…?」
息を切らせながら呼びかける彼女に、フォースは振り返った。その背には漆黒の羽根がある。
「いつもより、少し早いお目覚めですね?パトリシア…」
「そんなの、どうでも良いじゃない。…どうしたの…?」
風が、フォースの黒い髪と翼を揺らす。
「助けていただいたとき、お話したと思います。私は、行かなければならない、と」
そう、確かにパットが彼を拾ったとき、彼は言った。行かなければならないところがある、けれどそれはどこかは解らない、と。
「でも…でも、それは、あたしに…」
食い下がるパットに、フォースは寂しげに笑い、首を横に振った。
「私は…私は欠陥品…つまり創られた物です。このまま貴女と行動を共にすれば、確実に貴女に迷惑がかかる」
「だってあんたはミリオンと同じ力を持ってるんでしょ?ハンドレットを手なずけられるなら、何も問題ないじゃない?」
「追っ手がハンドレットだけなら、確かにそうでしょう。でも」
一度言葉を切り、フォースはパットの顔を正面から見つめる。その表情はいつもの長閑なそれではなかった。その真剣な眼差しに、パットは言葉を失う。
「一人だけならまだしも、複数のミリオン達から貴女を守れる保証は、有りません。残念ながら…」
うつむく彼の表情を、癖のない黒い髪が覆い隠す。両の手を固く握りしめながら、パットは次の言葉を待った。
「申し訳有りませんが、私は、貴女と一緒に行くわけには行きません。貴女を、守りたいから…」
「だから…だから、また逃げるの?あたしから逃げるの?」
半ば叫びながらパットはフォースにしがみつく。癖のある茶色い彼女の髪を、フォースは愛おしげに撫でた。
「…お別れです…すみません…そして、ありがとう…パトリシア…」
肩に手をかけ、フォースはパットを引き離す。そして、ゆっくりと翼が広がり、その身体が静かに宙に浮かぶ。黒い翼が風を孕み、次第に地上から、パットから遠ざかる。
「待って!行かないで!」
叫びながらパットは追う。だが、追いつけるはずもなく、フォースの姿は空のかなた、地平線に消えていった。呆然とその方向を暫し見つめてから、ふと地面に視線を移すと、黒い羽根が一つ、忘れ去られたように落ちていた。それを大切に拾い上げると、パットはきゅっと握りしめる。堪えようとしても止めどなく涙がこぼれ落ちてくる。
袖口でぐいと涙を拭くと、大きく深呼吸をし、パットはフォースが消えた方向に叫んだ。
「馬っ鹿野郎ーっ!!」

「じゃあ、お姉ちゃん気を付けてね」
「お兄ちゃんとまた会いたいから連れてきてね」
「必ずまた来てね」
「はいはい、だからあんた達もいい子にしてんのよ」
わらわらと駆け寄る子ども達に一通り笑顔を向けてからパットはトレーラーを発進させた。
行き先は…黒髪の堕天使が消えた方向。
支配者達の住まうところ…『一千万の谷』へ…。

『THOUSAND FOURTH』 end

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